カリブ海の新星が目指す道とは アドリアナ・ディアス インタビュー(後編)

プエルトリコから国際舞台で活躍するディアスが描く未来図とは?

カリブ海北東のプエルトリコ出身の卓球選手、アドリアナ・ディアス。4歳から卓球を始めたディアスは数年でその才能を開花させ、国際舞台で戦う選手となっていく。後編は、ディアスが世界で活躍する転機となった試合や、世界ジュニア選手権、世界卓球、オリンピックと大きな舞台での戦いを彼女自身に振り返ってもらったほか、故郷・プエルトリコがハリケーンの甚大な被害を受ける中で来日に至った思い、そしてこれから先、彼女が描く未来図に迫った。

「転機となった中国選手との試合」

 ナショナルチームの監督を務める父、元ジュニアナショナルチームに所属した母の間に生まれ、4歳からラケットを握り始めたアドリアナ・ディアス。父がつくった手づくりの卓球台、クラブチームでの練習を通して、その才能は徐々に開花していった。技術を身に付けていったディアスは、プエルトリコ国内だけではなく、国際大会にも出場するようになった。そうして多くの試合を経験していくにつれ、ディアスは、もともと持ち合わせていたボールタッチの良さとボールさばきの良さが磨かれるだけではなく、戦術面や精神面でも成長を見せていった。ディアスは自身のプレーの変化を次のように分析する。

「試合に出始めたばかりのころは、ボールを打つことばかりを考えてプレーしていました。でも、試合の経験を重ねるにつれて、どうやったら得点できるのか、冷静になって相手を見ながらプレーできるようになりました」

 さらにディアスは転機となった試合について、こう話す。

「自分のプレーが大きく変わったのは、2013年にスロベニアで行われた世界カデットチャレンジ大会で中国の李怡然選手と対戦したときです。この試合で相手のプレースタイルに合わせて戦術を考えて実践したことで、ストレート勝ちすることができました。その試合は私にとって大きな転機だったと思います」

 一方、彼女のコーチでもある父・ブラディミルは、試合経験を重ねるにつれて娘のプレーについて次のような変化を感じていたという。

「12〜13歳ごろに娘のプレースタイルが大きく変わりました。それまでは早い段階で得点できるように攻撃的なプレーを目指して指導をしていましたが、彼女は経験を積むにしたがって、自然と対戦相手に応じてプレーのリズムを変えたり、戦術を変えたりするようになりました。その柔軟なプレースタイルが彼女の戦い方に適していると感じたので、そのプレースタイルを尊重しました。当時のプレーの変化は今の彼女の卓球にも大きく影響していると思います。
 具体的に彼女の戦い方の特長を1つ挙げるとすれば『戦術眼の鋭さ』です。その特長が特に発揮されるのが、初めて対戦する選手との試合です。彼女は初めて対戦の相手と試合するときは、情報が十分にないため、第1ゲームを取られることがあります。しかし、最初のゲームで相手がどのようなタイプの選手なのかを見極めるのがうまく、どのように戦えば良いのかを理解して、第2ゲーム以降、試合を優位に進めることができます。もともと技術は多彩でしたが、それに加えて、戦術面でも大きく成長しました」

 もともと身に付けていた多彩なバックハンドの技術に加えて、戦術面や精神面でも成長したディアス。こうした進化によって、彼女のプレーの礎が形成されていった。

来日したディアスは早稲田大学、日本生命で練習に臨んだ

「進化を続ける新星が目指す先とは」

 進化を続けるディアスは2013年、13歳で世界ジュニア選手権ラバト大会に出場。翌年には世界卓球2014東京に出場し、世界選手権デビューも果たした。こうして大舞台での経験を積み、着実に力を付けていくと、2016年にはリオデジャネイロオリンピックに出場し、女子シングルスで勝利を収めた。このように数々の大舞台での戦いついて、ディアスはどのように捉えているのか。

「13歳という年齢から世界ジュニア選手権に出場していることや世界卓球にも続けて出場できていることは、自分にとって非常に大きな経験になっています。また、リオデジャネイロオリンピックに出場して卓球に対する向き合い方が大きく変わりました。今は卓球に対して高いモチベーションで向き合えるようになりました」

 リオデジャネイロオリンピック後、ディアスは2016年12月のUSオープン女子シングルスで優勝したのを皮切りに、2017年8月にはワールドツアー・チェコオープンの21歳以下女子シングルスで初優勝し、ワールドツアーで初のタイトルを獲得するなど、好成績を収めている。9月中旬に行われたパンアメリカン選手権大会(北アメリカ、南アメリカ大陸のトップ選手たちが戦う大会)でも、女子シングルスで初優勝を飾った。好調の要因についてディアスは次のように語る。

「リオデジャネイロオリンピック後は、かなり練習に励んできましたし、2016年の秋には中国リーグに参戦しました。そうした経験が国際大会での好成績につながっていると思います」

 今回のインタビューは、故郷・プエルトリコでハリケーンが発生する中、「世界のトップ選手になること」を目指して断腸の思いで来日した際に行ったものだ。プエルトリコは今もなお電力復旧の見通しが経っていなく、非常に厳しい状況が続いている。厳しい状態が続く故郷について、ディアスは「一刻も早く復旧することを心から願っている」と沈痛な面持ちで語った。甚大な被害を受けた故郷を思う気持ち、そして世界のトップを目指して卓球選手として戦う狭間でディアスの心は揺れ動いただろう。

 それでもディアスは卓球選手として前を見据えて戦い続ける。インタビュー後、ディアスは早稲田大学での練習に参加し、その翌日には大阪へと移動して日本生命での練習に臨んだ。早稲田大学での練習に同行したが、練習を終えたディアスは「日本の選手たちみんな質の高く、非常に中身の濃い時間を過ごせた」と、日本での練習に大きな手ごたえを示した。

 来日からおよそ1週間後には日本を発ち、中国で練習に臨んだディアス。高みを目指して戦い続ける彼女は一体どんな未来図を描いているのだろうか。インタビューの最後にディアスはこう語ってくれた。

「プエルトリコでの練習に加えて海外でのこうした練習に参加できることはとても感謝していますし、私にとって大きな経験になっています。今よりももっと強くなるために、これからも海外での練習は続けていきたいと思っています。将来的には世界のトップ10に入ることができる実力を付け、オリンピックでメダルを取ることを目指します」

 父の手づくりの卓球台からスタートしたディアスの卓球人生。世界の舞台で頭角を現し始めた16歳の少女はこれから先、どのような道を切り開いていくのか。ディアスの戦いに今後も注目していきたい。(終)


<プロフィール>
アドリアナ・ディアス(プエルトリコ)

2000年10月31日生まれ。元プエルトリコ代表の父・ブラディミルとジュニアナショナルチームに所属した母・マランヘリの間に4人姉妹の三女として生まれた。4歳から卓球をはじめ、6歳のときにカリブ海選手権大会の10歳以下の部で3位に入賞。その後、13歳で世界ジュニア選手権ラバト大会に出場すると、翌年には世界卓球2014東京に出場し、世界卓球デビューを果たす。2016年にはリオデジャネイロオリンピック女子シングルスに出場。2017年8月にはワールドツアー・チェコオープン21歳以下女子シングルス優勝、9月にはパンアメリカ選手権大会女子シングルス優勝など、国際舞台で好成績を収めている。

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