三十六計と卓球 〜第二十計 混水摸魚〜

「日本の友人と世界の卓球界に『三十六計と卓球』を捧げる」 荘則棟

第二十計 混水摸魚 水を濁(にご)らせて魚をつかむ

意識的に相手を混乱へ陥れて、敵軍の命令系統が乱れ、権力争いをしている隙に乗じ、
または強者が統率をなくし、弱者は拠り所を失い、混乱している時を見計らい、攻撃を仕掛けて勝利を得る。

 古代戦術の例

 西周(紀元前806~791年)の頃、鄭桓公(ていかんこう)は隣国(りんのくに)を攻撃し、且つ併吞(へいどん)しようと考えていた。しかし、鄭桓公は隣国の英和多謀な文臣武将達を恐れていた。
 そこで彼は出軍前に隣国の多智・果敢な文臣武将の名前を調べ、リストを作り、且つ「隣国を撃ち破った暁(あかつき)には、最高の官位と厚遇を約束し、隣国の領土を彼らに全部与える」という内容の声明を出した。
 その後、鄭桓公は城の外に大きな祭壇を築き、名前を記したリストを祭壇の下に埋め、鶏や豚を殺して呪い、厳(おごそ)かな儀式の中で、必ず約束を守ることを天に誓った。
 一方、隣国の国王はこの話を耳にした時大変驚き、文臣武将達が自分を裏切り、鄭桓公に投降するものと思い込み、怒りのあまりリストに載っていた才能ある文臣武将達を全員殺してしまった。
 その結果人心は動揺し、隣国は混乱の渦中に陥った。この時、鄭桓公は兵を出し、楽々と隣国を併吞したのである。


卓球における応用例

 1960年代から70年代の世界卓球界では、少なからぬ外国の選手達は、中国選手のサービスとサービスによる先制攻撃に対し、「虎を談じ顔色を変える」感があり、神経をピリピリさせていた。
 試合において、中国選手はゲーム開始時に、各種の変化で相手を乱し、サービスによる直接得点、あるいは甘いレシーブに対し、強烈なスマッシュで3球目で得点した。
 と言うのも当時の少なからぬ外国選手は、サービスとサービスによる先制攻撃をあまり重視していなかったからである。
 中国のコーチや選手は、その当時からサービスとサービスによる先制攻撃の威力を感じとり、世界卓球界既存のサービス球種を基礎に、多くのサービス球種を考え出した。各選手の打法に合わせて、様々な種類のサービスから先制攻撃する、一連の訓練を行なった。
 外国選手は痛い目にあった後、8ミリ等で分析・研究を行ない、やっとサービスに慣れた時には、別のサービスが目の前に現われ、また痛い目に合うのである。
 結局、混乱の中で中国チームと対戦するため、中国チームが自然に優勢となるのである。


感想

1.混水摸魚には二つの状況がある。一つは客観的条件が"濁り水"となっている場合。例えば軍閥(ぐんばつ)混戦、列国が権力を争うなど。この場合はできるだけ確実に魚をつかむことである。
 もう一つは、"清水"のため、自分が積極的に行動を起こし"濁り水"にしてから魚をつかむ。
2.事前に周密な思考分析を行ない、相手が混乱を引き起こす欠点、または弱い部分を見極め、有力な措置(そち)により相手を混乱に導き、内部矛盾を招き、勢力を分散させ、陣営を乱し、勢力を削減させる。
3.相手を混乱に導く能力を備えなければならない。
4.相当の実力を備え、相手を混乱させるのは、手段であり目的ではない。最終目的は実力により勝利を得ることである。
5.相手が攪乱(かくらん)し"水が濁ったら"、情勢により利を導き、戦機を捕らえ、相手に休む時間を与えず、最後の勝利を収めるまで相手に食らいつく。
(翻訳=佐々木紘)
筆者紹介 荘則棟
1940年8月25日生まれ。
1961-65年世界選手権男子シングルス、男子団体に3回連続優勝。65年は男子ダブルスも制し三冠王。1964-66年3年連続中国チャンピオン。
「右ペン表ソフトラバー攻撃型。前陣で機関銃のような両ハンドスマッシュを連発するプレーは、世界卓球史上これまで類をみない。
1961年の世界選手権北京大会で初めて荘則棟氏を見た。そのすさまじいまでの両ハンドの前陣速攻もさることながら、世界選手権初出場らしからぬ堂々とした王者の風格は立派であり、思わず敵ながら畏敬の念をおぼえたものだ。
1987年に日本人の敦子夫人と結婚。現在卓球を通じての日中友好と、『闖と創』などの著書を通じて、卓球理論の確立に力を注いでいる」(渋谷五郎)
本稿は卓球レポート1994年4月号に掲載されたものです。
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