三十六計と卓球 〜第二十六計 指桑罵槐〜

「日本の友人と世界の卓球界に『三十六計と卓球』を捧げる」 荘則棟

第二十六計 指桑罵槐  桑を指差し、槐を罵倒(ばとう)する

これは、鶏を殺している場面を猴(サル)に見せて脅かし、
山を叩いて虎を脅かすという一種の警告手段であり、
鎮圧威嚇の目的を持ち、 自分の権威を確立することができる。

 古代戦術の例

 紀元前547年(斉景公元年)、斉国(さいのくに)の西側の晋国(しんのくに)と北側の燕国(えんのくに)は、日頃から連合して斉国北西部の辺境地域を頻繁に侵していた。辺境地域からは、急を告げる知らせが雪片の如(ごと)く大量に朝廷へ届いた。
 この時、斉景公(さいけいこう)王は、誰もが予想しなかった、背の低い、容貌(ようぼう)も冴(さ)えない、衣服も普通の田穰苴(でんじょうそ)を、斉国領兵大元師に任命した。
 田穰苴は、周りの閣僚がこの決定を不服としていることを悟り、斉景公に「王は私を大元師にご指名下さり、私は全力を尽くすつもりです。しかし、私は身分が低いので、直接三軍を統率しても従わない者が出てくると思います。そこで、威望の高い方を私の監軍として付けていただき、私の間違いを指摘していただきたいのです」と願い出た。斉景公は、彼の要求通り、大臣の庄賈(そうか)を田穰苴の監軍に任命した。
 朝見の儀が終わると、田穰苴は庄賈に「庄監軍、明日の昼時、私は軍営で兵馬の訓練をします。貴殿も参加して下さい」と話した。庄賈は斉景公にかわいがられているため、日頃から威張っており、眼中に人無しの如く「わかった」と言うと、振り向きもせず去って行った。
 翌日、田穰苴は昼前から軍営に入り、庄賈が来るのを待っていた。しかし、庄賈は昼を過ぎても来なかった。
 庄賈は監軍に任命されて有頂天になり、自宅で大宴会を開いて、兵馬訓練の事などすっかり忘れてしまい、ぐでんぐでんに酔い潰(つぶ)れ、酔いが醒(さ)めた時は既に夕方になっていたのであった。
 訓練の事を思い出した庄賈は、馬車に乗り軍営に行ったが、訓練は終わっていた。田穰苴は庄賈に問うた「なぜ遅れた」。庄賈は「親戚や友人が私の監軍任命の祝賀会を開いてくれたので、ご馳走(ちそう)になり、遅れた」と言いながら馬車から降りた。田穰苴は厳しい顔をして言った。「命令を執行するのは軍人の天職である。いま敵軍は我が国の境内に侵入し、辺境の将兵や国民は毎日敵と戦い、血を流している。このような事態の中で、祝賀会を開き、酒を呑(の)むとは何事だ」。
 そして彼は後ろにいた軍法官に聞いた。「庄監軍は軍令を犯した。軍法により如何(いかが)に処罰すべきか?」軍法官は「即刻死刑です」と答えた。田穰苴は「即刻死刑」を命じた。斉景公が使者を出して止めに来たとき、庄賈は既に首をはねられていた。
 この事件以来、三軍の軍威は大いに奮い立ち、三日後には戦地へ出発した。晋軍はこの情報を聞き、早速撤兵した。燕軍も黄河を渡り、北に引き返した。
 田穰苴は斉国の土地を取り戻したのである。



卓球における応用例

 1966年8月、北京でアジア選手権大会が開かれた。男子団体の準決勝で、我々中国チームは、頭角を現わしてきた朝鮮チームと対戦することになった。会場には大勢の日本選手が観戦に来ていた。彼らは、中国対朝鮮の試合を詳細に観察・研究し、今晩の対中国の試合の戦術を練り出すつもりであった。
 私が準備運動をしていると、仲間の一人が歩み寄り、小さな声で「荘さん、日本の選手が観戦に来ているよ。中国と朝鮮の試合は日本チームにとって偵察の最も良いチャンスだから、今晩の日本との決勝戦に備えて一つぐらい技を残しておいた方がいいよ」と言ってくれた。確かに一理あるが、当時、世界卓球界は、私のプレーを8ミリで撮り、統計分析を行なっていて、私は既に透明な"ガラス"人間になっていた。
 秘密など何もない。私の打法の性格は正面から相手にぶつかって勝ちを奪い取ることであり、自分を屈してまで勝ちを求めたくない。"隠し技をとっておく"戦術は、間違えれば自分が大火傷(おおやけど)をすることもある。よって、朝鮮との一戦では自分の持ち味を十分に発揮して徹底的に叩き、その結果日本選手が私を見るだけで震え上がれば、今夜の対日本決勝戦では自分が有利になると分析し、戦術を切り替えた。
 朝鮮との試合が始まった。私は左右から雨嵐の如く中前陣速攻を仕掛け、軽く相手を倒した。
 夕刻、中・日決勝戦が幕を切った。不思議なことに、日本選手は私の視線を避けるようであった。日本選手は試合においても士気が不足し、精神統一が出来ておらず、日頃の実力とは掛け離れていて、私は楽々と勝ちを手にした。これは、私が朝鮮の選手を思い切りやっつけたために、それを見ていた日本選手がおびえたためである。


感想

1.勢いの威力を十分利用する。例えば、流れのない池の水は静かで力を感じさせないが、この水を高い山の頂上から流すと巨大な威力となる。つまり、この計略の核心は、自分の勢いと威力を運用して、相手をおびえ、降伏させ、戦わずして勝利を得る智者の術である。
2.相手の弱点を正確にとらえ、自分の最大のエネルギーを用いて最大の破壊力を発揮する。これを天下に示して敵の鋭気を一掃することにより、一を破れば百を倒す効果を得る。
3.強大な実力と、実力により成した威勢を攻めの両腕とし、挙と実を兼用することによって、全局の勝利を得る。
(翻訳=佐々木紘)
筆者紹介 荘則棟
1940年8月25日生まれ。
1961-65年世界選手権男子シングルス、男子団体に3回連続優勝。65年は男子ダブルスも制し三冠王。1964-66年3年連続中国チャンピオン。
「右ペン表ソフトラバー攻撃型。前陣で機関銃のような両ハンドスマッシュを連発するプレーは、世界卓球史上これまで類をみない。
1961年の世界選手権北京大会で初めて荘則棟氏を見た。そのすさまじいまでの両ハンドの前陣速攻もさることながら、世界選手権初出場らしからぬ堂々とした王者の風格は立派であり、思わず敵ながら畏敬の念をおぼえたものだ。
1987年に日本人の敦子夫人と結婚。現在卓球を通じての日中友好と、『闖と創』などの著書を通じて、卓球理論の確立に力を注いでいる」(渋谷五郎)
本稿は卓球レポート1995年1月号に掲載されたものです。
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