「卓球は血と魂だ」 第三章 五 バックハンド強化

第三章 卓球の炎をかかげて

五 バックハンド強化

 一七年前。一九六五年の世界大会の男女団体決勝戦は日中の間で争われた。男子は二-五、女子は〇-三で日本は敗れた。男子はすでに一九六一年の北京大会以来連敗していたが、女子で敗れたのはこの大会が初めてだった(一九六三年度は松崎キミ代選手が三冠王)。一九六五年大会はリュブリアナ(ユーゴ)で開催され、私は手のはれるほど拍手したのだが、日本に勝ち目のない試合だった。中国女子は林慧卿、鄭敏之ともにカット主戦で敵ながら素晴らしい選手だった。私はこの決勝を観ながら、ここまで両選手を育成したコーチと選手の努力に感服した。この林慧卿さんはいま香港に在住している。この七月と八月、日本卓協の招きに応じて来日、各地でジュニア指導等に熱心に協力された。ある日、林さんの訪問を受け、松崎さんを交えて話し合ったが、私はリュブリアナの話から切り出した。
 林「私の全盛期はあの時代でした。本当はそのあとですが、文化大革命が起こり、四年間はラケットを捨てました。上層のコーチは悲しい目にあいました。一九七一年名古屋大会で女子単に優勝しましたが、練習を再開して数カ月であり、左足アキレス腱と右ヒジをいためておりました」
 田舛「あなたと鄭選手は女子のカット選手としては完璧の技術と感心したんですが、あなたを教えたのは誰ですか」
 林「容国団さんです。彼は頭もよいし人格者でした(文革中に自殺)。主として戦術を叩き込まれました。特に攻撃のタイミングなどを」。林さんのプレーはスイングのムダがなく安定しており、フットワークもよい。急にミドルを攻められた時にもサッと対応する余裕を残しているし、反撃も日本現役より鋭い。鍛え上げた一流の味が残っていた。

 田舛「日本のカット選手について…」。
 林「バックスイングが大きすぎる」。たしかに、バックスイングは小さ目にして、フォロースルーは十分にとることが正しい。大きなバックスイングでは逆を突かれた時に対応できない。フォロースルーは送球に変化をつける上でも、威力をつける上でも必要なのである。日本の卓球技術について意見を述べてもらった。
 林「日本のペンホルダーはなぜ裏側のゆびを伸ばして握るのですか。あれではバックハンドが振れないでしょう。河野選手のグリップはよい」。
 松崎「私も裏側はゆびを伸ばしている」。
 田舛「松崎さんは腰を痛めたあと必死になってバックハンドを研究し、強いバックハンドを完成させた。日本女子ではあまり例がない」。
 松崎「いや、それでもバックはよいが、ミドルは困りました」。
 林「なぜ日本人はもっとグリップ問題を研究しないんですか。中国も欧州もバックハンドは十分研究していますよ。
 田舛「中国式グリップの経験者がいないこともありますが、日本にはプロ・コーチ精度がなく、選手を引退するとみな一般社会人になって、指導はアマチュアです。この点中国は恵まれています」。
 林「松崎さん時代はフットワークがすばらしかった。松崎さんがバック側にいるから、フォアを攻撃したら、サッと動いて逆に打ち込まれました。今の選手はそれがない」。

 日本の卓球はハンで押したように画一的だ、といわれる。日本の中での勝敗で満足しており、対外的な指導を考える人がきわめて少ない。バックハンドを強化しよう。それも一発目のバックハンドを強化しなければ役に立たない。サービス・レシーブももっと訓練しよう。立ち上がりで負けては、得意のドライブ戦にもち込むことができないのだから。
(卓球レポート一九八二年一月号)

 

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