三十六計と卓球 〜第三十三計 反間計〜

「日本の友人と世界の卓球界に『三十六計と卓球』を捧げる」 荘則棟

第三十三計 反間計  離間の計・仲間割れの計

相手の裏の裏をかいて、罠の中に更に罠をしかけ、
敵を利用して内部から呼応させ、
事態を自分に有利な方向へ導いて勝利を得る。

 古代戦術の例

 紀元220年前後の三国時代、曹操(そうそう)は、83万の兵馬を率いて東呉(とうご)を統合しようとしていた。
 一方、東呉の首領周瑜(しゅうゆ)は、戦船を楊子江南岸の赤壁(せきへき・現湖北省嘉魚県北東)に排列させ、対岸の曹操と睨(にら)み合った。
 曹操の水軍大将である蔡瑁(さいぼう)と張允(ちょういん)は、水上戦を最も得意としていて、懸命に水軍の訓練に当たっていた。この二人を消さないことには、周瑜には全く勝ち目はない。
 ちょうどその時、旧友で、今は曹操の参謀である蒋幹(しょうかん)が訪友を名目に、東呉の軍事秘密を偵察にきた。周瑜はこのチャンスを最大限に利用することにした。
 早速、宴会を設けて蒋幹をもてなし、自分の寝室に泊まらせて友情の深さを示した。
 周瑜は、綿密に偽造した『蔡瑁と張允が曹操に反旗し、周瑜につく』という手紙を事前に蚊帳(かや)の中の小さな机の上に置き、酒に酔ったふりをして先に休んだ。
 蒋幹は、この時とばかりに机の上の手紙を盗み読みし、更に周瑜が蔡瑁と張允に宛てて書いた手紙を盗み出した。そして、偉業を成したと自負しながら曹営へ戻り、曹操に献上した。
 手紙を見た曹操は大いに怒り、蔡瑁と張允の首をはねた。
 周瑜は「離間の計」を用いて敵を仲間割れさせ、蒋幹の"偉業"を借りて、東呉の大敵である曹操の水軍大将の蔡瑁と張允を消したのである。


卓球における応用例

 ペンカットの張燮林(チャンシリン)選手は、日本選手のループドライブの威力は"回転"であると分析した。
 従って、回転をもって回転を制する、一連のカット打法を練り上げた。
 彼は、ツブ高ラバーの奇妙な特性を利用して、一見切れているボールを打ったような動作で切れていないボールを返したり、あるいは一見切れていないボールを打ったような動作を見せて実は切れているボールを打ったりした。
 日本選手が日頃行なっているカット攻略の練習では、切れているボール、あるいは切れていないボールに対する判断は、習慣的な条件反射となっていた。
 しかし、張燮林選手のカットは全く逆のため、日本選手は翻弄(ほんろう)され、切れていないと思ってスマッシュするとネットにひっかかり、切れていると読んで慎重にドライブすると台をオーバーした。
 張燮林選手は"魔術師"と称され、回転をもって回転を制する独特の運用は、卓球界の賞賛を博した。


感想

1.鋭い観察力によって敵のスパイを見抜き、裏の裏をかいて、敵の計略をそのまま自分の計略として逆用する。
2.その人の道をもってその人の身を制し、逆に銃を敵の方に向けさせて、利用する。
3.罠の中に更に罠をしかけ、敵の視覚と聴覚を攪乱(かくらん)し、敵の拳(こぶし)で敵の目をつぶす。
4.罠にはまらないようにするためには鋭い洞察力が必要で、欲を持たないことが肝要である。天高く飛んでいる鳥は美食に誘われ、捕らわれる。深海の魚は餌(えさ)に誘われ、針に引っかかる。
(翻訳=佐々木紘)
筆者紹介 荘則棟
1940年8月25日生まれ。
1961-65年世界選手権男子シングルス、男子団体に3回連続優勝。65年は男子ダブルスも制し三冠王。1964-66年3年連続中国チャンピオン。
「右ペン表ソフトラバー攻撃型。前陣で機関銃のような両ハンドスマッシュを連発するプレーは、世界卓球史上これまで類をみない。
1961年の世界選手権北京大会で初めて荘則棟氏を見た。そのすさまじいまでの両ハンドの前陣速攻もさることながら、世界選手権初出場らしからぬ堂々とした王者の風格は立派であり、思わず敵ながら畏敬の念をおぼえたものだ。
1987年に日本人の敦子夫人と結婚。現在卓球を通じての日中友好と、『闖と創』などの著書を通じて、卓球理論の確立に力を注いでいる」(渋谷五郎)
本稿は卓球レポート1995年9月号に掲載されたものです。
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