「作戦あれこれ」第3回 ウオーミングアップをしっかりやろう

 つい先日、雪が降っている寒い日に、秋田から車で1時間ぐらいのところにある五城目という小さな町へ、指導者と中・高校生のコーチに行った。
 練習を始める前に全員を集めて、強くなるためには"精神面の心構えが大切だ"。もう1つ「止めておいた自転車を動かす場合、まずエンジンを温め、それからエンジンをフル回転させて動かす。いきなり動かそうとすると故障してしまう。運動するときもこれと同じ」と、練習前のトレーニングの重要性を話した。
 このときに、試合前に体操、柔軟体操をしたあと、ランニングとかダッシュとか素振りとかシャドープレー、その他体を暖めてから試合に出る人は手を上げてと聞いてみた。やっていると答えた人は、250名ぐらいいた中で10数名しかいなかった。というより試合前のウオーミングアップがいかに大事かを知らない人がほとんどであった。あなたはどうですか。


 動きもフォームも乱れて自分の力がでない

 試合前にウオーミングアップをしないとどうなるか。私の4番目の兄の話だが、「初めて全日本ジュニアに出場したときマイクで呼ばれるまで、寒い体育館の中で座って待っていた。体が冷えていたために動きもフォームも乱れてふだんの力が出ずに負けた。また、緊張したままの状態ででてしまったから、何をやっているのかわからないまま試合が終わってしまった」といっていたことがある。このようなことは、ほとんどの人が一度は経験していることだろう。あるいは、筋肉が暖まっていないためにねらったところにサーブが出せず、相手にレシーブから攻められたり、動きが悪いために凡ミスが多く出たり、ボールにスピードがでないために逆に打ち返されたり、前半に調子が出ないために相手のペースで進んだり、何一ついい例がない。
 また、負けられない、調子が悪いからどうしよう、俺はダメだ、恐い、などと消極的な気持ちのままで試合をすると、試合にそのままの弱気なプレーが出て自分の持っている力を発揮できないまま終わってしまいやすい。

 相手にシンからぶつかっていく心と気迫だ

 自分の持っている力を最高に出すには、まず自分は強いんだと思ってはいけない。また、弱いと思ってもいけない。積極的な気持ちになるために相手にぶつかっていく謙虚な気持ちになることだ。
 私のノートの中の代表的なものを紹介しよう。
 1つ、相手を尊敬し、教えてもらう気持ちで思い切ってやる
 1つ、相手の胸を借りるつもりでぶつかっていく
 1つ、新人の気持ちをいつも忘れずにやる
 1つ、勝敗にこだわらず、今まで積み重ねてきた、心・技・体・智、すべて出す
 1つ、冷静に落ちついてやる
 1つ、ラクな気持ちでやる
 などの心構えを持って試合をする。だから相手が強くても弱くても、いつも積極的な気持ちで思い切ってできる。何も考えないで出てくる選手にはもうすでに差をつけたり、強い選手には差を縮めることができる有利な試合前の状態をつくる。
 しかし、勝敗を争う以上、ただぶつかっていく精神面だけでは十分とはいえない。その中には勝負を大きく左右させる強い精神力、気迫がなければダメである。
 ・自信を持ってやる
 ・一球一球に、厳しい練習とトレーニングで鍛えた精神力をボールにこめて打つ
 ・気合いを入れて打つ
 ・相手の気力だけには絶対に負けない
 ・集中力
 などが必要だと思う。心からそう思えば必ず筋肉を強く刺激し、敏しょうになり、一段とパワーが出るようになるし、凡ミスも少なくなる。これは、非常に大切なことだと私は思う。

 スタートからエンジンをフル回転させるために、必ずシャドープレーをしよう

 試合前には必ずシャドープレーをしよう。それは自分の長い選手生活からできた持論だが、力に差がない場合は1セット目が勝負だと思うからである。というのは卓球競技は集中力が勝敗に大きく左右するスポーツで、1セット目を負けると次のセットを猛烈にがんばる。そうすると、どうしても第3セット目は集中力が鈍りやすく第一セットを先取した方が有利になるからである。
 そうなると1セット目のスタートが非常に大事である。そのときに体が温まっていないと調子がでずスタートで大きくリードされる。焦りが出て自分の卓球ができず、無理な攻撃をしてよく大事な1セットを落としてしまうことがある。
 体のコンディション作りに一番いい方法はいろいろあると思うが、野球の選手が打席にはいる前に、テレビでよく写すがウェイティングサークルの中で腰を回したり、いろいろな筋肉を伸ばしたり、最後に素振りをしてから打席にはいる。
 卓球の場合もこれと同じように、体操やランニングをしたあとに素振りやシャドープレーをして、体をしっかり暖めてから試合に行くことが大事だ。
 たとえば、昨年の全日本選手権の3回戦で、近大附属高校の森選手と対戦する15分前、体育館の裏玄関の広いところで3分ぐらい軽いランニングとジャンプをしたあと体操、それから7分(ぶ)から8分(ぶ)程度の力でドライブ、バックハンド、スマッシュ、ショートなどを入れた7動作から10動作のシャドープレーを15回、森選手は左利きなので左に対するレシーブとサービスから3球目のシャドープレーも2分間ぐらいやり、最後にフォアハンド、バックハンド、ドライブの素振りを各10回ずつ3度を8分(ぶ)程度の力で振り、体を完全に暖めてからコートに向かった。13分ぐらいやったと思う。スタートを予定通りリードしたが、森選手のがんばりで一時は20対14で逆転されたが、また逆転して3対0で勝った。
 しかしときどき会場で見かけるが、ゆっくり素振りをしたり、シャドープレーをして少しも汗をかかないで自分はやったんだという顔をしている人がいるが、それはとてもウォーミングアップとはいえない。
 本当のウォーミングアップというのは、足のつま先から手の先まで暖かくなるまでやって、はじめてウォーミングアップといえる。そうすれば体は全開で筋肉もスジもほぐれ、また内臓も激しい運動に耐える準備を完了したといえるだろう。
 もちろんそれぞれの体力によって、量がちがうからやりすぎてもいけない。

 どのように戦えば勝てるか、いい試合ができるか考えて出よう

 中、高校生は今まで述べた2つのことを考えて出る人が多いと思うが、レベルの高い大会になるとこれにプラス緻密な作戦が必要。しかしそれには卓球の特徴や、フォームや動きからの長所、欠点を知らなければできない。
 ここではちょっとした考えで、かなりちがうことを紹介しよう。たとえば攻撃選手の中にはバック側からの攻撃がうまい人が多い。それに対してよくつなぎのボールをバック側に返して、相手に待ってましたとばかりに打たれる人。このようなときは、つい返しやすいバックにつなぎやすいが、2本に1本ぐらいフォアへ返してやると相手の逆をついて、次を逆に攻撃できることも多いものである。あるいは相手が十分な態勢で打ったドライブを無理にスマッシュしてミスをくり返していた人は、ショートで止めてから次をねらっていくという方法をとった方がいい。
 しかし何も考えないで出た場合、試合中は冷静さが欠けていてなかなかできない。だが試合前にこのボールがきたらこのように返すんだという作戦を立てて出れば、比較的スムーズにやれるものだ。またレシーブでも3球目でも同じことで、いつも台上のレシーブをツッツいてばかりいて負ける人は、今度はミスをしてもいいから払う、ツッツく、ストップの3本柱を組み立ててレシーブする、と考えればかなりちがってくるものだ。それに後半に競ったときは、こういう心構えで戦法はこうやる。レベルが高くなると、1つの作戦だけでなく、この作戦がだめなときはもう1つの作戦というように2つ以上の作戦を立てなければ安定した成績は残せない。
 まだ卓球を始めて数年しかたたず相手の弱点も攻め方もわからない人は、自分の得意な技術はなんであるか、どういう時に得意な技術が出せるかを考えて試合にのぞむ。

 同じぐらいの力の選手には負けない

 このように少しずつでも心(精神面)、技(技術)、体(体力)、智(作戦)を一戦一戦考えて試合をすれば自分の力が十分に発揮できる。そしてもし、技術の水準が同じぐらいの人と対戦したときは、孫子の兵法の"彼を知り己を知れば、百戦殆(あや)うからず"とまではいかないまでも、かなりの差となって現われるだろう。また自信というのは試合で勝ってつくもので、上達も早くなる利点もある。
 しかし精神面で相手にシンからぶつかっていくことが大切だからといって、試合前だけそういう気持ちになろうとしてもなれるものではない。日常の練習態度や生活もすべてそのような気持ちでなければならない。
 そこから、強くなるためにはふだんの心構えが大事だということである。
 その心、技、体、智をどうやって作っていくか。それは一試合一試合を、心、技、体、智にわけて良かった点、悪かった点を真剣に反省すればだんだんにできていく。
 たとえば私は昭和40年に、全日本初優勝をしたとき決勝の相手はそれまで全然歯が立たなかった木村選手であった。このとき木村選手に教えてもらおう、自分の持っているすべてを出してぶつかっていくんだという気持ち、無欲でやった。それがよくて幸運にも勝った。また世界選手権のとき日本の名誉のためにも負けられない、と勝敗にこだわっていたときに木村監督から「明日の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との団体決勝は、勝敗にこだわらず、今まで何年間か積み重ねてきた、心、技、体を出せば日本代表として立派に責任を果したことになる」という話を聞いたときにはっと思い、自分の考えが間違っていたことがわかった。過緊張していたのが非常にラクになった。決勝は日本が5対3で勝ったが、もし勝敗にこだわってやっていたら勝負はわからなかったのではないかと思う。
 あるいは油断をして負けたときは絶対に油断は禁物などと、良かった点、悪かった点を反省して次からの試合の心構えとしてきた。
 私がコンディション作りがうまいとか、一試合一試合ごとに調子を上げていくのがうまいといわれているとすれば、それは常に反省しているからだと思う。
 試合直前まで友達とペチャクチャ話をしている人とか、じっと座って待っている人などがいるが、そのような人は自分の力を発揮することはできない。試合の15分前ぐらいになったら、試合の心構え、作戦をたて、体をしっかりウォーミングアップさせて暖めてからコートに向かおう。
 勝敗は試合前の心、技、体、智の心構えですでに決まっているといっても過言ではない。

筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1975年3月号に掲載されたものです。
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