「作戦あれこれ」第9回 ねばり勝った対郗恩庭戦

ねばり勝った対郗恩庭戦

 '74年の4月に横浜で行なわれた第2回アジア選手権大会の最終日。日本は河野、長谷川、中国は世界チャンピオン郗恩庭、李振恃が残り、準決勝へ向かう前に河野選手とお互いにがんばろうと健闘を誓い合って試合に出た。だが河野選手は試合直前に緊張感から食べ物を吐き、コンディションを狂わせて元気がなく郗の強烈なドライブを止めることができずストレートで敗れた。決勝は前回と同じ顔ぶれの郗恩庭と対戦することになった。
 試合は夜7時開始。李との試合終了後5時間近くあったのでホテルに帰って作戦を考えることにした。


 心構え 勝敗にこだわらないで積極的に戦う

 まず初めに、例によって試合に臨む心構えからたてた。
 元気を出してやる。相手を尊敬してやる。教えてもらう気持ちで相手にぶつかっていく。勝敗にこだわらないで一本一本ベストを尽くす。油断をしない。相手を呑(の)んでやる...。15項目ぐらいをノートに書いた。中でも特に頭の中に強くたたきこんだのは3つあった。1つは河野選手の試合を見て強く感じたことから、気力、集中力では絶対に相手に負けない、粘り強くやる、自分に負けない。2つ目は決勝戦はテレビ放映がある。以前にカメラを気にして集中力を欠き負けたことがある。カメラを気にせず試合の事だけに集中してやる。もう1つは決勝戦になると優勝したい欲が強く出て冷静さに欠け、また消極的なプレーになりやすい。勝敗にこだわらないで常に冷静に、そして積極的なプレーをする。という3つの心構えの下に太い線を引いた。

 作戦 郗のフォアを攻める

 できるだけ正確な作戦を考えるために、まず郗の特徴を研究した。
 郗の一番得意な攻撃パターンは、手首をうまく使った小さいサービスのフォームから、下に鋭く切る、または切らない変化サービスからのドライブ攻撃である。とくにバック側から打つドライブはスピードがあって威力がある。それと同じモーションからサイド回転とロングサービスがある。ネットぎわのレシーブは、小さいストップレシーブから4球目のドライブ攻撃が得意である。プッシュショートがうまい。欠点は、フォアに動くときの足の運びが右足一歩で動いて打つ打ち方で、左足の足の運び、踏み込みがないためにバックに比べるとスピードが落ちボールが軽い。ミスも多い。こちらが両ハンドで攻めたときはショート主戦にかわる。フォアが弱点である。このようなことから次のような作戦を立てた。
 ①レシーブをツッツいてバックに返すのは危険である。払う場合はどちらでもよいが、ツッツくときはフォア側に返す。そして郗の3球目ドライブをショートでバック側に返球してから攻撃に移る。主に守りから攻撃の作戦をとる
 ②ショートは回転の変化とスピードの変化に弱い。相手をショートの態勢に追い込んだときは、ドライブにスピードと回転の変化をつけて攻める
 ③ショートはストレート攻撃をされると弱い。少しでも攻撃チャンスがあれば思い切ってストレートに攻める
 ④相手はフォアに粘られると不安定な足の構えからミスが多い。フォアを主についてロング戦をやる
 試合場には試合開始の1時間前の6時に入った。いくら決勝戦に慣れているといっても日中の対戦で心臓がドキドキ。ふつうのように話をしたいが、試合以外のことを話したり、笑ったりすると集中力が抜けるような気がする。試合にすべてをぶつけるようにしてできるだけ静かな行動をとるようにした。そしてまずコートの位置、照明の具合、観覧席、雰囲気(ふんいき)を確かめるために女子の決勝戦を15分ばかり見学した。枝野が大関を破る試合を見てやはり気力、集中力、ねばりの大切さ、足の動きの大切さを痛感し、試合に臨む心構えを再確認した。そして試合前にウォーミングアップを十分にやって決勝に臨んだ。

 バック側からのドライブを封じる

 私はいつものようにドライブからスマッシュ、攻められたときは中陣から両ハンドでがっちりねばる自分の卓球で相手の様子を見た。私は相手がスマッシュを打つ積極的な攻撃で入ってくるようならばがっちり受け止めてから攻撃に移るラリー展開では危ないので、レシーブ、3球目を積極的に攻める作戦に変更する考えであった。しかし相手は私の弱点であるミドルと、前後に攻める作戦でいつもとあまりかわっていなかった。しかしスタートは私の身長より20センチちかく高い大きな体でガッチリ構えられるとどこに返球しても打たれる気がして、大丈夫だと思ってバックにつないだのを待たれてミドルにドライブを決められたり、守備にまわったときに相手の攻撃パターンがわからず1ゲーム目の中盤までは互角で試合が進んだ。
 そしてサービス、レシーブが2回ずつまわった10本目あたりから相手の攻撃パターン、クセ、長所、欠点などがだいたいつかめてきた。
 郗は、先にドライブで先手を取ろうと10本中7~8本は得意のフォアハンドサービスの下切れを小さく出してドライブ攻撃。そしてフォアを攻めてバックを攻める作戦。ネットぎわのレシーブも小さくストップして4球目にドライブをかけるラリー展開。こちらがドライブをかけて攻めたときはドライブで引き合わないでフォアからのドライブはバックに、バックからのドライブはフォアに、ショートを多用して攻めてくる。台から離されたときはストップとドライブからミスを誘うラリー展開であることがわかった。しかもフォア側からの攻撃はバック側からの攻撃と比べて半分ぐらいの威力しかない、また回転の変化をつけてねばられるとミスが多いこともわかった。
 それからの戦い方は、レシーブはフォアにツッツいたり払ったりした。バックに小さく止められた打てない3球目はフォアへ変化をつけてツッツいた。そして相手のドライブをショートでバックに止めて相手のショートを両ハンドで攻めてからフォアへ攻めるラリー展開。また先に攻められたときは中陣から両ハンドのドライブでフォアに何本もねばり返してミスを誘う作戦に切りかえたのがよく、徐々にリードを奪って1ゲーム目を先取した。2ゲーム目、郗は先手必勝とばかりにドライブとショートで積極的に攻めてきたがラリーの詰(つ)めはドライブで作戦は変っていない。1ゲーム目の中盤からリードを奪ったフォア側を攻める作戦に徹した。とくに5本以上のラリーが続くと8割ぐらいの率で得点していたので、2ゲーム目からはロングサービスを非常に多く使った。
 バックへロングサービスを出したときのラリー展開を説明すると、早いモーションからバックにロングサービスを出すとプッシュでバックについてくることが多い。半歩さがって台から70センチぐらいの距離からバックハンドでバックに打ち返し、バックハンド対プッシュで打ち合う。そして相手をバックに寄せておいてバックハンドでストレートに返す。するとドライブをかけさせまいと頂点打のフォアハンドでストレートにつないでくる。しかしフォアへの動きが悪いためにスピードが出ない。それをフォアでまわりこんでドライブによる連続攻撃に入って得点するラリー展開が多くあった。または、フォアへロングサービスを出しドライブレシーブをショートでバックに返したあとに同じ様なラリー展開をした。
 反対に郗の得意のフォアハンドサービスからスピードのあるドライブでミドルや、思い切りバックに攻められて一発で決められたり、ドライブでフォアへ寄せられて次をバック側に目のさめるようなドライブで抜かれるのが何本もあった。しかしよく動けた私はロビングで何本も耐え、守備から攻撃で半分ぐらい得点できたのは非常に大きかった。それとバック側から攻撃のうまい選手によく使う、打てないレシーブやつなぎのツッツキを徹底してフォア側へ持っていったのが大きく、ストレートで破り2連勝を飾ると同時に日本に5個目のタイトルを取ることができた。

 つなぐべきボールはつなぐ

 その他にこの試合から学ぶべき点は、私が守備のしっかりした攻撃型に負けるときもそうであるが、守備のうまい選手に対してドライブにこだわりすぎないでチャンスボールは思い切ってスマッシュを打ち込むこと。それとドライブ型は前陣でのショートと中陣からの両ハンドの守備力を持ちねばり強いプレーをすることである。
 ここ数年、中国の前陣攻守型が現われてきてから何でも先に攻めなければいけない、という間違った考え方から全然打てないボールまで打ってしまう人が多い。そのような試合のやり方ではバカ当りをしたときは勝つかもしれないが、ふつうは入るボールまで入らなくなって調子をくずして勝てないことがほとんどである。力の差があまりなければ「守備から攻めのうまさが勝敗の大きな鍵を握っている」といっても過言ではない。強く打てないコースに攻められたときは、打たれないコースに考えてつなぐのが試合の基本である。そしてチャンスを作って打つボールは思い切って打つ。このように頭を使って試合ができるようになると、また楽しいものである。


筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1975年11月号に掲載されたものです。
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