「作戦あれこれ」第63回 グリップ

 ふつうスポーツの世界では、努力に比例して成果があるものである。とくに素振りやシャドープレー、サービスなど1人で練習ができる卓球競技はそれがいえると思う。私が高校の頃、1、2年生のときに基礎をしっかり身につけた人は高校3年生のときに大きく伸び、全国大会で活躍するまでに成長した。または大学に入ってグーンと成長した。強豪がひしめきあっていた。
 しかし最近、練習やトレーニングを人一倍熱心にやっても、人一倍研究熱心であっても、努力に比例して成果があがらない人が以前に比べて多いように思う。今回は、一体何が原因で努力に比例して成果が現われないかについて述べてみよう。

 戦型とグリップが一致していない

 結論から言うと、戦型とグリップが一致していないことが一番の原因だと思う。衝撃的なことを言うようかもしれないが、現在の選手の7~8割の人が戦型とグリップが一致していない。一致しているのは県で活躍している人とか、指導者が卓球をよく知っているチームのほんの一握りである。
 私は、'74年の全日本選手権を最後に第一線を退いた。その後は、卓球界に恩返しの意味で、また卓球のメーカー(タマス・バタフライ)に勤めている使命として地方の恵まれない中・高校生や一般の指導に、卓球レポートの仕事のかたわら全国各地を飛び回っている。最近は伊藤繁雄選手(本誌の技術とQ&Aなどの担当者)と一緒に行くことが多い。今年は1月に広島県の因島市、福岡県の久留米市、沖縄県、岩手県の水沢市へ行った。2月にはアメリカのNo.1、No.2のシ―ミラー兄弟と3週間にわたって全国9ヵ所を回る予定である。
 講習会では、みんなと一緒に体操、体力トレーニングをやり、実際に打って正しい基本やフットワークの足の運び、サービス、レシーブ、3球目攻撃、ドライブ、スマッシュの説明、そして地元の代表選手と交歓試合をやり、最後に伊藤選手と私の真剣勝負をやる。このとき、いろいろな技術説明をし受講者の方々に練習をやってもらう。このようにして昨年はおそらく2万人前後の選手を見ただろう。その受講した2万人の中ではじめに述べた7~8割の人のグリップが戦型とあっていないことには驚いた。そのほとんどがドライブ主戦型とコートの近くでショートとフォアハンド強打を主に使う選手でカットマンは少なかった。これは私がドライブ主戦型を厳しい目で見がちになるから余計に目立ったのかもしれない。だが現在も攻撃型ドライブマンが相変わらず主流であるにもかかわらず、よいドライブ選手が少ないことを考えてみると、あらかた間違っていないように思う。昨年の11月に名門校といわれている大学の選手を指導したときも、ほとんどの選手が自分の戦型とグリップとがマッチしていないのに驚いた。
 中でもとくに多いのは、ラケットの削り方が少ない人。フォアハンド主戦であるのにバック系の技術のことを考えすぎて、フォアハンド主戦のグリップに全然なっていない人。または、打つときにラケットの先端が落ちすぎて威力のない人などである。

 グリップで将来が決まる

 では、はじめになぜ戦型とグリップが不一致であるといけないかを述べよう。中級以上の人ならばほとんどが知っていることだが、復習の意味とそれが完全に行なわれるグリップかどうかもう一度確認するための参考にしてほしい。
 卓球の試合は、攻守のバランスがとれていなければ勝つことはむずかしい。ただしゃにむに攻める戦法だけでも守る戦法だけでもダメである。攻めるべきときはしっかり攻め、守るべきときはしっかり守らなければならない。そして攻守のどちらにもパワーが必要である。ところがグリップが悪いと攻守のバランスが崩れ、そのためパワー不足になりがちだ。このような選手がもし無理にパワーを出そうとすると、打ち終わったあと体勢が崩れて連続攻撃ができない。そのためにそのスキをつけこまれて先にミスが出てしまう。
 もう一つ私が強く懸念することがある。それはふつう筋力に比例して打球にパワーがつくが、いくら筋力を鍛えてもグリップやフォームが悪いと筋肉の成長に比例してボールに威力がつかないことである。したがって年齢がいくにつれてパワー不足になり、だんだん勝てなくなるし将来大きく伸びずに終わる。パワーがつかない原因の中には、足の構えが悪いとか、ラケットが重すぎるとか、軽すぎるとか、膝の使い方が悪いなどの人もいるが、大部分はグリップの良し悪しからきていることが多い。
 良いグリップと良いフォームの人は、その反対で全身の筋肉をくまなく使えるので練習やトレーニングをすればするほど伸び、県のチャンピオン、日本のチャンピオンも夢ではない。
 このようにグリップは将来の卓球にもおよぶので、誰もがもう一度真剣に自分のグリップを見直す必要性がある。

 年月がかかるグリップ

 しかし、戦型とマッチしたグリップ作りは、簡単そうで大変にむずかしいものである。練習をすればするほどむずかしくなっていく感じである。とくにペンのドライブ主戦型。なぜならばラケットの一面で、威力のあるフォアハンド・ドライブとある程度のショートやバックハンドが振れなければならないからである。'69年世界チャンピオンの伊藤選手が「大学2年生のとき、ようやくグリップが決まった」というように、随分と迷う。おそらく早い人で卓球を本格的にはじめて5~6年、ふつうの人で7~8年かかる。シェークの攻撃選手は両面使えるのでやや早いように思うが、それでも早い人で4~5年、ふつうの人で6~7年かかる。カットマンはそれより少し早いぐらいだろう。身長が伸びれば当然グリップもかわるし、年齢と技術が上がるにつれて戦法もかわる。もし初心者のころと同じプレーをしていたのでは、まったく勝てない。試合の経験を積むにつれて自分に適した戦型がわかりグリップもかわっていく...。このようなことから、グリップで迷うことは当然なことである。だからといって何も知らないで迷っているといつまでたってもいいグリップを見つけることができない。そこで、グリップを決める基準を私がこれまでいろいろな一流プレーヤーのグリップを見たり、また自分のグリップを作った体験から述べてみたい。

 二兎を追う者は一兎おも得ず

 ことわざに「二兎を追う者は一兎をも得ず」というのがある。グリップを決める場合でもそうである。よくペンのドライブマンでパワードライブもバックハンド攻撃も自在に振れるグリップにしようとよくばりすぎる人がいるが、このような人はドライブマンの生命であるフォアハンド・ドライブのパワーとコントロールがガタ落ちし、足も止まって大幅に戦力ダウンとなり勝てなくなる。他の戦型もやはり同じである。したがって次のようなことを考えて決めるとよいと思う。
 ①主戦武器とそれによる連続攻撃は各戦型の生命である。よって一番速く動くことができる主戦技術の基本姿勢に最大のパワーが出せるようにグリップをあわせる。戦型別にわかりやすくいえば、ドライブマンはフォアハンドロング、ショートマンはショート、カットマンは両ハンドのカットの基本姿勢にグリップをあわせる。
 ②フォアハンド主戦の攻撃選手は、台上のボールを鋭く払えることも1つの生命である。このときラケットの先が極端に下に向くような人は、前に押し出す力が弱く威力のあるレシーブができない。速攻型であれば、ラケットの先端がほぼ真横に。ドライブ主戦型は手首を真横にするかやや斜め下に向くグリップがいい。シェークハンド攻撃型は真横か、やや上に向く。そうした場合、前に押す力が強く働くため、威力のあるレシーブができてレシーブエースが可能になる。このことは、コートから離れたときにも同じ理屈で基本姿勢のときもほぼこのような姿勢でなくてはならない。
 ③現代の卓球は、ラリーのスピードが早く、オールフォアで動き回るのは不可能な時代。そのため、フォアハンドドライブ主戦であっても、ある程度のレベルのショートとコートから離れた時のバックハンドができなければならない。ショート主戦型はショートとフォアハンドスマッシュ。
 大きくわけてこの3つのことである。だからグリップのところを大き目に作ってあるペンのラケットはナイフでかなり削らなければならない。フォアハンド主戦の伊藤選手は、フォアハンドに威力が出るように「前にならえをしたときに、ラケットがまっすぐ立つ。またラケットの先端があまりさがらないように人指し指に当たる部分と柄の裏の部分を深く削っている」という。現世界チャンピオンの小野選手(日本楽器)も全日本初優勝をした阿部選手(協和醗酵)もほとんど同じ削り方をしている。そして3人とも親指のところは押さえをきかせるためにほとんど削っていない。裏面に当たる指は少し曲げている。この方がラクな姿勢で相手の打球を待つことができるので、たとえバックに意表をつかれてもスーと手が出るのだろう。少しずつ削ってみて1日でも早く戦型にあったグリップを見つけて欲しい。しかし、シェークハンドのラケットはやや細目に作ってあるので削らないほうがいい。

 戦型とグリップが一致して世界一に

 私もグリップで随分悩んだ。高校に入学したとき1本差しグリップからヨーロッパスタイルに変えさせられた。その理由は「1本差しグリップではバックの処理がむずかしいからダメだ」ということだった。何も知らない私はすんなりかえた。俄然フォアハンドが打ちにくくなってしまった。だが元のグリップにかえずにオールフォアハンド攻撃の猛練習を続けた。続けていくうちにフォアハンドの打ちやすいグリップに徐々に変化し、半年後は人指し指の先でラケットを強く押さえるため、ラケットが垂直にまっすぐ立つ奇怪なグリップへと変わった。そして全日本ジュニアに出場したあと、さらにフォアハンドを高める練習を激しくやっていくうちに今度は指が時計の針と反対方向にどんどん進みはじめた。
 私はどこまで進むか心配したが、元の1本差しグリップのところでピタリと止まって安心した。このとき私は自分の目指すフォアハンド主戦の練習によってできたグリップでフォアハンドの打ちやすい1本差しグリップでやる決心をした。
 それ以後、私は練習によって1本差しの長所を見つけ出し、世界一速くて重いといわれたパワードライブ、カットマンの守備より広いといわれたロビング、"居合抜き"といわれたバックハンドスマッシュ、または純粋なバックハンド下回転サービスや逆モーションドライブ性ロングサービスを覚えて急激に強くなっていった。小柄(163.5センチ)でしかも足の遅い(中学時代100メートル18秒2)私にとって1本差しグリップは私の戦型にも体格にも完全に一致していた。そのおかげで数々の記録をぬりかえられたのだと思う。



筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1981年3月号に掲載されたものです。
B!