「作戦あれこれ」第120回 カット型攻略法② ラリーになった時の攻め方

 前回は、最近再び増えてきた「攻撃力のあるカット型」と対戦した時は、まず「相手はカットマンではない。オールラウンドプレーヤーだ」と考え、①相手の3球目を読み、それを防ぐレシーブを強気にする ②サービスを持ったら、対ロングマンと同様の厳しいサービスから3球目攻撃する...ことが大切だと述べた。
 今回は、サービス、レシーブがうまくいって、ラリーに入った時にどう攻めたらよいか?ラリー中の相手の反撃をどう防いだらよいか?について、紹介したい。

 ラリーに持ち込んでも安心するな!

 一昔前のカットマンは、サービスや3球目やロングマンが甘いストップをした時は攻撃できてもロングマンのドライブやツッツキを狙い打つことはほとんどなかった。そのためロングマンの中には「ラリーになれば一安心。もう攻撃はされない」と考える選手が今もいる。これではいけない。カットマンにドライブを打たれると「ウワッ!」と動揺し、相手の攻撃をしのげないばかりか、自分のカット打ちのペースを崩してしまう。
 では、どうしたらよいか?
 それには、まず第一に「相手は何でもしてくるオールラウンドプレーヤーだ。何をするかわからない。しかし、こちらも守りも攻めもできる。何でもしてこい」と気持ちの用意をすること。そして第二に「相手はいろいろしてくるが、ラリーになればこちらが有利」と自信を持つことだ。
 そうすれば相手が攻撃してきても心の準備があるためにしのげるし、逆に「相手が攻めてくればカットは甘くなる。難しいボールを無理して攻めてくれば崩れるのはカットマンだ」と余裕をもって対処することができる。

 ラリー中のカットマンの攻撃

 では「敵を知り己を知らば百戦あやうからず」の言葉にしたがい、カットマンのラリー中の攻撃法にはどんなものがあるかを考えてみよう。相手の攻め方がわかっていれば、試合中にあわてることはない。
 まずこちらのドライブ、ロングに対しては
①フォアハンドスマッシュ(回り込みもある)
②(甘いボールを)バックハンドスマッシュ
③フォアハンド強ドライブ(全日本で渋谷選手が使った曲がるドライブもある。陳新華も使う。また陳は相手ドライブをドライブマンのような強ドライブでドライブ対ドライブのラリーにし、ショートでロングマンがしのぐと、前に出てきて高い打点の強ドライブ攻撃をする)
 次に、こちらのストップに対しては
④フォア・バックの強打
⑤イボ高(バック)プッシュ+スマッシュ
⑥イボ高ツッツキ(ロングマンがツッツキを浮かすところをスマッシュ)
⑦裏ソフトの切ったツッツキ(ロングマンにツッツかせてドライブ攻撃。ロングマンにドライブで持ち上げさせてスマッシュ、またはバウンド直後をとらえたカウンタードライブ)そして、こちらのツッツキに対しては
⑧(カットを切ってツッツかせ)ドライブ(ループドライブ)攻撃
⑨(カットを切らずにツッツかせ)フォアハンドツッツキ打ち強打(スマッシュ)
...といった多彩な攻撃をしてくる。

 ドライブに対する反撃を防ぐ

 では、こういった多彩なラリー中の攻撃を防ぐにはどうしたらよいかを、ひとつひとつ具体的に考えてみよう。
 では、カット対ドライブのラリー中にこちらのドライブをスマッシュで狙い打ちされる時にはどうしたらよいだろうか?
 この時考えなくてはいけないのは「球威」と「コース」である。
 連続して強ドライブで攻めている時にそのボールをスマッシュで狙われることはまず考えられない。もし攻撃してきても、それはムチャ打ちだから、気にすることはない。こちらが有利になるだけだ。
 問題なのは、こちらが山なりのループでつなぐ時にすかさずそれを狙い打ちされる、といった状態だ。
 以前、促進ルールもなく「カットマンは粘るだけでまず攻撃しない」という時代には、高いループドライブ(ロビングのような)で粘るといった作戦もあった。しかし、現在のカットマンの攻撃力を考えると、よほどロビングの得意な、例えばフランスのセクレタンのような選手でも、状況を考えて使わないとこの作戦は不利になる。まして一般の選手はもうこの作戦を使うべきでない。「球威」のないドライブでつなぐと不利になる。
 ではどうすか、というと、ある程度以上の球威(スピード+回転+打球点)のあるドライブでつなぐ、それもいろいろな種類のドライブでつなげることが大切になる。そうなるとカットマンは狙い球がしぼれず、打とうとした時に威力のあるドライブがきて打ちミスする、または甘いカットになるといった展開になる。
 しかも、その「球威」のある粘りをどちらにも打てる体勢から、選手の弱点に粘ることだ。
 現在、ほとんどのカットマンがフォアハンドでドライブを狙ってくるため、いかにもバックへ打ちそうな体勢からフォアへ打てば、回り込んだカットマンはノータッチ、ということにもなる。そうなれば相手は反撃できず、こちらのペースのラリー展開になる。



筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1986年6月号に掲載されたものです。
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