「作戦あれこれ」第132回 こうすれば3球目ハーフボレーに負けない

 弱点を強化していく。
 なかなか難しいことだが、確実に強くなっていくためには絶対に必要なことである。
 特に、本大会で敗れた後、自分のうまくできなかった点を反省し、練習によって次の試合で同じ失敗をしなくなれば大会の成績は目にみえてよくなっていく。
 さて、前回に続き、おなじみペンドライブ型・D君の失敗談をみてみよう。

 飛びついて打てない

前回、シェークドライブ型のH君に試合後半、バック前にサービスを集められ、ツッツキを3球目ドライブで攻められて逆転負けを喫したD君。苦手のバック前を強化するために、回り込んでフォアで払うレシーブの練習を多くやったおかげで、次の地区大会ではH君のドライブを封じ、雪辱することができた。
 しかし、続く準決勝では、このバック前の払うレシーブを、シェーク前陣型のF君にハーフボレーでフォアへ回され、どうすることもできずにあっけなく敗れた。
 D君としては、ハーフボレーがフォアにくるのは分かっていたのだが、F君のハーフボレーはコースが良く、スピードもある。狙い打ったらミスが続出。しかたなくつないだらバックをつぶされてしまった。
 これならツッツいたほうがよかったのかな―?
 回り込んで、よけい不利になったような気がするD君はどうも釈然としない。
 しかし、根っからネアカのD君。一時は悩んだものの「あのボールが打てれば、また強くなるな」と気をとり直して、対策を考え始めた。
 さて、打倒F君をはたすためにはどうしたらよいのだろうか?

 回り込んだことはよい

 フォアで回り込むD君の作戦は間違っていなかった。
 弱気になって、フォアツッツキで安全にレシーブする作戦しかとれなかったら、やはりF君には勝てなかったことだろう。
 確かに、D君が感じたように、フォアで回り込みレシーブをすれば、次はフォアサイドが空く。レシーブ後、いそいで基本位置にもどっても、やはり動きながら次球を打つ形になる。その意味では不利になるともいえる。しかし、相手の3球目強ドライブは防げるようになるのだから、やはり回り込みレシーブができたほうが断然有利なのである。回り込んでレシーブしたことはよい。
 問題は、回り込みレシーブした後にある。ひとつは、飛びつきが悪く、フォアへ攻められたボールを攻め返せなかった点。もうひとつは、フォアへハーフボレーで攻めさせないレシーブができなかった点が問題なのである。

 D君の作戦ミス

 前回対戦したシェークドライブ型のH君は、ドライブをかけよう、かけようとしていた。そのため、ツッツキレシーブを予想するH君の逆をついて払うと、3球目ドライブをミスしたり、甘いハーフボレーになったため、D君は勝つことができた。
 しかし、今回対戦したF君は、シェークの前陣型。前陣でのハーフボレー、フォア強打が得意。D君に払わせて、それを攻める作戦だったようである。そんなF君の待っている所に払ったのだから、攻められて当然だったのである。
 F君のような、バック面表ソフトのシェーク前陣型に限らず、プッシュのうまいペン表ソフト前陣型の選手や相手が払うレシーブを待っている時に、単調にバックへ払ってはいけない。相手の待ちどおりになり、攻めてレシーブしたつもりでも逆に苦しくなってしまう。
 こういう払うのを待っている相手に対しては、自分がフォアで回り込んだとしても、ストップやツッツキレシーブを使ったほうが有利になるケースが多い。
 払うようにみせかけてストップレシーブし、相手がツッツくのを4球目ドライブ。または、相手がもう1本ストップしてくるのを読んで台上プレーで先手をとり、6球目ドライブで攻める。
 同じように、払うようなかっこうから、相手のバックへ深く切ってツッツき、相手がツッツキや持ち上げぎみのハーフボレーでつないでくるのを4球目ドライブで狙い打つ。また、フォアへも低く切ってツッツキレシーブし、ドライブで持ち上げてくるところをカウンター強ドライブや強打で攻める。この時に、タイミング速く、深くツッツければなお効果的である。また、両ハンドを使う相手が回り込む気がなく、バックで待っている時はミドル深くツッツくのもきく。相手が打ちあぐんでつないだボールを狙い打つ。

 また払うレシーブがきく

 このようにして、ツッツキレシーブ作戦が成功すると相手は「攻めなくては勝てない」と、フォアハンドで強く攻めようとしてくる。そうすれば、今度はツッツキでなく、前回紹介した強く払うレシーブが威力を発揮する。回り込む逆をついてフォアへ払えばノータッチ。バックへ払っても、つまりぎみのフォアハンドや合わせるハーフボレーになり、攻めやすい。こうなれば勝ちパターンである。
 このように、相手が払うレシーブを読んでいる時は、払うモーションからのツッツキやストップレシーブを使い、相手がそれを待ち出したら払うレシーブに切り替える。これは何も、F君のような前陣型ばかりでなく、相手がドライブマンでも同じこと。ただツッツキと払いの割合いが変わるだけである。
 しかし、このようなレシーブができても、実はまた半分。相手も必死にこちらのレシーブ作戦を読んでくる。頭を使って相手の読みをはずそうとしても、ハーフボレーでフォアへ回されるケースもでてくる。
 F君と対戦したD君は、作戦も悪かったが、このフォアへ回されたハーフボレーに対する攻め方ができていなかったので完敗したのである。

 フォアへの動き

 ここで基本的なフォアへの飛びつき方を紹介すると―
(1)レシーブ後ニュートラルへすぐもどる
 この場合のニュートラル(ラリー中の基本姿勢・位置)は、次にフォアへ返されても、バックへ返されても、一番フォアで攻めやすい位置。逆をつかれたり、威力のあるボールで攻められた場合以外は、バックへきてもフォアで攻められる位置にもどることが基本である。
(2)待ちと読み
 バック前サービスをクロスに強く払ってレシーブした場合、だいたい7対3の割合でフォアへくることが多い。したがって、体はバック側にいても意識は「7割はフォアへくる」と思って待つ。バック側へきても、体はバック側に近いため、回り込める。
 次に相手の3球目を打つまでの動作でコースを読む。「7対3でフォアへくる」と待ってはいるが、相手の動作でコースを読むようにしていく。逆モーションのうまい相手には苦しいが、動作にクセのある相手なら、ほとんどコースを読めるようになる。
(3)右足半歩の微調整が大切
 時間のない時のフォアへの大きな動き方は(右ききの場合)右足を半歩フォアへ送り、左足を大きく交差させて打球し、左足、右足の順で着地する。この時に、相手の打球コースを読んで最初に動きだす右足半歩の送りが大切。この半歩の動きがないと、フォアへ大きく飛びつけない。また打球がミドルぎみのフォアであったり、浅かったりするのに合わせて、一番打ちやすい位置をとる照準にもなる。基本的には、やや右後方に半歩送り、そこから前に出るような感じで飛びついていく。
(4)運動能力を高める
 飛びつきながら威力ある打球をするためには、左ももを体につける感じで高くあげ、体を急激にひねりながら打球することだが、これは腹筋が強くないとできない。瞬発力、脚力も必要である。これらを身につけるためには、ダッシュ等で基礎的な体力を鍛えることである。
(5)次球への備えを速く
 打球後、右足が着地すると同時に左足に重心を移すようにすると次への動作が速い。次球を連続して攻められるようにすることは、飛びつきと同じくらい大切。

 まず狙い打て

 このような飛びつきをマスターすれば、フォアへくるボールを4球目で狙い打つことができる。
 強打や逆モーションがきまり、相手が合わせるだけの甘いショートになった場合は、高ければスマッシュ。低くても十分ひきつけた高い打点での強ドライブかスマッシュで攻める。
 フォアへチャンスボールが上がった場合は、まずクロスに決めるように心がける。そして、試合後半の山場や試合の流れを変えたい場面で、ストレートに攻める。このように、どうしても1本ほしい場面で点のとれるように試合を運ぶことが、勝負強さにつながるのである。

 強ドライブでしのぐ

 さて、問題はフォアにスピードのあるボールで回された場合である。
 D君は、F君のこのプレーに完敗した。しかし、このボールを攻める、もしくは悪くても互角のラリーにもっていけるようにしのがなくてはならない。
 河野満選手('77年世界チャンピオン)は「日本の速攻型がヨーロッパ選手に勝つには、フォアへ回してくるハーフボレー強打を、スマッシュで狙い打てなくてはならない」とよくいうが、ドライブ型もこのボールを強ドライブで狙い打てなければいけない。
 飛びつきの基本を守り、レシーブ+4球目のシステム練習、多球練習をやり込めば、必ず狙い打てるようになる。特にD君のように、フォアへくると分かっている場合は狙い打てるようになるものである。
 とはいうものの、すべてのボールを高い打点で狙い打つのは難しい。スタートが遅れる場合もある。
 そんな場合は、打球点を落としてもよいから、腕をいっぱいに伸ばして打球瞬間に手首をきかせ、できるだけ威力のあるドライブでコースをつくようにする。そうすれば相手はD君のバックへつないでから次球を狙おうとするので、バックハンドでコースをとり、互角のラリーにもっていくようにする。また、時にはややループぎみの強ドライブで相手のバックへしのぎ、時間をかせいでおいてバックハンドスマッシュで狙い打つ。
 バック系技術の苦手なD君が、こういったプレーをマスターするには少々時間がかかるが、これができるようになればみちがえるほど強くなれる。
 さて、D君とF君の次の対戦が楽しみである。



筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1987年6月号に掲載されたものです。
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