「作戦あれこれ」第151回 目標を持って新年に臨もう!

 大きな目標、身近な目標

 さあ1989年。新しい年が始まった。
 筆者の経験から言うと、充実した1年を送るにはその年の始めにしっかりした目標を持つことが大切である。「一年の計は元旦にあり」という言葉があるが、全くそのとおりである。
「目標を持つ」といってもなかなか漠然として難しいが、目標のうまいたて方としては、二通りの目標を立てて実行するのがよい。
 その二通りの目標というのは、大きな目標とすぐ身近な目標の二つである。
 大きな目標というのは、新春にふさわしく、夢に近い願望であってよい。「オリンピックで優勝する」「東大に入って全日本選手権で活躍する」等、何でもよい。自分がそうなったことを心に描き、そうなりたいと強く念じる。そうすることによってプラスのイメージで物事に取り組めるようになる。
 もうひとつの身近な目標というのは、その大きな目標の実現のために、今、自分は何をしたらいいかを考え、具体的な目標を持って行動に移すことである。
 オリンピックで優勝するためには、それだけの実力が必要である。ところが、いくら本やビデオで劉南奎(ユーナムキュ/韓国・金メダリスト)のプレーを学んでも、いきなり同じレベルのプレーをすることは不可能である。
 オリンピックで優勝するためには、地区大会出場、都道府県大会出場、全日本出場、オリンピック出場...の順で下から勝ち抜いていかなければならず、ほとんどの選手にとっては、まず地区大会に代表として出場するために、学校やクラブの代表になることが先決であろう。
 とすると、現在、学校で5〜6番手の選手であれば、「どうにかして学校代表(1〜2番手)になる」ことが身近な目標であり、県でベスト8の選手であれば「県大会で優勝して全国大会に出場する」ことが身近な目標になる。こうして具体的な目標、具体的な対戦相手が実感できれば、「A君に勝つにはループを止められるようにしなくては」とか「レシーブをもっと工夫しなくては」とかいうように、具体的な練習内容が見えてくる。
 このように、大きな目標と身近な目標をもつことが、充実した1年を迎え、将来の成功への道を拓くうまい方法である。

 今、何をするか

 大きな目標、願望を持つことは大切である。しかし、人間、大きな夢だけでは本当に必死でがんばることは難しい。あまりにやることが漠然としすぎて「できたら、○○しよう」とか「今度××しよう」とか、楽なほうについ逃げてしまう。「何が何でも、今、これをやる!」という固い決意がないと目標達成は不可能である。
 その反対に、常に行きあたりばったりの小さな目標しか持たないと、周りのレベルが低い場合、大成しない。目先の勝敗にこだわって基本がおろそかになったり、こじんまりしたスケールの小さいプレーに終わりやすい。
 理想的なのは大きな目標に心を燃やし、そのためには今、何をしたらよいかを、常に理解し、行動し続けることである。一例をあげると、14歳の中学生が8年後のオリンピックに22歳で出場するつもりなら、5年後の19歳で全日本出場、2年後の16歳でインターハイ出場、来年は15歳で県大会ベスト8、今年は学校でNo.1になり地区大会ベスト4...といった目標をたて、努力を続けることになる。この例は最高に高く、険しい目標である。生半可な努力では毎年の目標を達成できない。思いきって卓球に打ち込み、死にもの狂いの努力を続けて初めて実現が可能かどうか、といういばらの道である。
 もちろん、スポーツとして卓球を楽しみ、浅く広く色々なことをやるという考えもある。しかし、卓球に限らず「自分としての最高を目指す」ためには、どの道を選んでも高い目標と努力が必要になる。

 強い決心が必要

「何かやってやろう!」と目標をたてたなら、それを実現させるためには、頭に「絶対に」とか「何が何でも」といった決意がなくては長続きしない。囲碁の世界に「真に強くなりたいと決心した時、その人は初段だ」の言葉があるが、卓球でも全く同じである。
 筆者が「卓球で世界的な名選手になりたい」という大きな夢をもって卓球に取り組み始めたのは中学生の時だった。が、具体的な目標を持ち、「絶対にがんばる」と強い決心をしたのは高校1年の12月、全日本ジュニアの1回戦で負けた後だった。
 全国のレベルの高さを知り、壁の厚さを痛感した筆者は、「全国大会で1勝でもいいからしたい」と強く願った。そして大みそかの夜、頭に"必勝"と書いた鉢巻きをし、2個のボールに「インターハイ出場」「全国大会で勝てる選手になる」と書き、1キロほど離れた神社まで走った。新年を間近にひかえた神社は人けがない。シーンとする祭壇に向かい、深々と一礼し、「絶対に目標を達成します」と祈り、努力を誓った。そして境内の土の中に、2個のボールを埋めた。帰路、深夜の星に向かい「神様との約束を破ることはできない。絶対に目標を達成してみせる」と誓いながら走った。

 目標を持つ効果

 このような形で大きな目標と身近な目標を持ち、決意を新たにすると物事に対する取り組み方が変わる。
 筆者の場合も、その後
①何をやる時でも「がんばるぞ」と積極的になった
②体中に気合いが入り、ボールに威力が出だした
③具体的には、一番きらいだったフットワーク練習を自分から進んでやるようになった
④練習で疲れはてても「ここでがんばらなくては全国大会で勝てない」と、極限に挑戦できた
⑤トレーニングも必死でやるようになった
⑥「いつまでに何を強化する」の目標があるため、集中して練習に取り組むようになった
⑦毎日課題をもって練習するようになり、ゲーム練習が楽しくなった
⑧考えて練習するようになった
⑨凡ミスしないように心がけるようになった
⑩正しい体の使い方を意識するようになった
...等、卓球に対する取り組み方がはっきり変わった。
 目標を持つと「今、自分は何を強化しなければならないか」がよく分かり、自分から進んで練習に取り組むようになる。そうなると、できないことが徐々にできるようになり、自分が強くなっていることが分かる。そうなると練習が楽しくなる。トレーニングもはりきってやれるようになる。
 こういったパターンになれば練習も本物。目標もグングン近づいてくる。

 無理な計画は立てない

 このように、目標をもって練習に取り組むことは極めて重要であるが、最後に、身近な目標を立てる時の注意点について考えてみよう。
 まず始めに注意しなくてはならないのは、あまり目標を高く持ちすぎ、無理な計画を立てすぎないことである。
 例えば、現在、市の中学校大会で2〜3回戦クラスのA君が3カ月後の大会でベスト4入りを狙ったとする。そのためには人の3倍練習しなければと、いきなり現在の3倍の練習、トレーニング時間を確保しようとしてもそれは無理である。もし時間が確保できても、フットワーク45分、切り替え30分、飛びつき30分、ゲーム練習2時間、トレーニングとして、ランニング45分、素振り2000回、腕立て・腹筋60回...等をいきなりやったとしたら体を壊すのがおちである。これはうまい目標のたて方とはいえない。
 うまい目標のたて方としては、身近な目標はあくまで実現可能な範囲にすることである。そしてがんばれば、無理なく毎日続けられる計画を立てるのがよい。勉強でも同じだが、無理な計画を立てて3日ぼうずで終わり、自分がいやになって何もしなくなってしまうのでは元も子もない。自分に妥協せず、現在の自分をよく見つめ、現在よりすこし上の目標を立てることである。
 具体的にいうと、誰にとっても1日は24時間なのだからその時間を効率的に使う努力をする。練習の時に目標をもって取り組み、人の3倍集中するよう努力する。頭を使い「どうしたら強くなれるか」を考えながら努力すれば、何も考えないでやっている人の3倍の効果をだすことは可能である。そしてトレーニングの時も、「自分のこの部分を鍛える」と意識して取り組む。前向きに取り組めば同じ時間やっても効果が違う。その上で、時間的に可能なかぎり、何パーセントかずつでも練習の量をふやす努力をする。

 基本技術を高めよう

 もうひとつ、卓球を始めて間もない選手、特に中・高生の選手に注意してほしいことがある。それは目先の目標達成をいそぐあまり、基本的な技術、体力、精神力のスケールを大きくする努力を忘れないでほしいということである。
 威力のあるボールを打てないフォーム、安定性のないフォーム...であっても、体力を鍛えなくても、当面の試合は勝てる。そのためつい小技で勝つことばかりに頭がいきがちだが、それではすぐ壁につきあたってしまう。卓球レポートやビデオで一流選手のプレーを学び、その技術を目標に一歩一歩着実にレベルアップを目指すのが確実な方法である。自己流ではまず難しい。
 基本の深さに比例して大きく伸びる。中・高生はフォアロング、ドライブ、ショート、ツッツキ...等の基本技術を磨く練習に、試合と同じ集中力で取り組もう。
 1989年の皆さんの飛躍に期待しています。



筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1989年1月号に掲載されたものです。
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