「作戦あれこれ」第164回 相手を尊敬して戦う

 技術と作戦だけでは勝てない

 試合に勝つためにはいろいろな条件が必要である。
「威力あるサービスを出す。ミスせずスマッシュを決める」といった技術面。「相手は回り込みが多い。フォアを中心に攻める」といった作戦面。そのほかにも威力あるボールを打つための体力面やコンディショニング面などが充実していないと勝てない。
 一般的に言って「強くなろう」と思う時、つい技術面や作戦面だけに目がいきがちだが、それだけを向上させても意外と早く壁にあたってしまう。心・技・体・智ほかすべてを、バランスよく充実させていくことが必要である。

 精神面で勝敗が変わる

 その意味からいって、心(精神面)が試合の勝敗に与える影響は非常に大きい。
「試合の前になるとドキドキして体が固くなる」
「試合になると緊張して何をやっているか分からなくなる」
「普段はつなぐボールでも試合になるといいカッコして打ちたくなる」
「試合後半になると集中力が落ち、凡ミスが多くなる」
こういったことでは試合で勝てない。
 いくら技術を磨いても、作戦をたてても、精神面を高めていかなくてはすべてむだになってしまう恐れがある。
 筆者も、精神面のコントロールでは苦労をした。
 そこで試合に臨む心構えを作戦ノートに書きため「長谷川語録」と銘うって、試合の直前に必ず目を通すようにした。これによって、全日本選手権はじめ、試合でどれだけプラスになったか分からない。
 筆者に限らず、日本代表として世界で戦った選手にはノートをつけている選手が多い。となると、おそらくそれぞれが「○○語録」を持っていることだろう。またノートはつけなくても、トッププレーヤーはそれぞれの方法で精神面をコントロールし、ベストの状態で試合に臨む努力をしている。
 読者が試合に臨むためのヒントのひとつとして「長谷川語録」のいくつかを紹介していきたい。

 木村選手との全日本決勝戦

 安定した精神状態で、常日頃のベストの力を試合で発揮するため、筆者が「長谷川語録」の第一として書き出したのが「相手を尊敬して戦う」の言葉であった。
 昭和40年の全日本選手権。当時大学1年だった筆者は時の全日本チャンピオン木村興治選手(ゼネラル石油)と決勝で対することになった。
 木村選手は左腕のドライブマンで、史上最高のフットワークを持ち、強ドライブとスマッシュの威力、安定性が飛び抜けていた。バネのあるプレーは現在の劉南奎(韓国)に一脈通じるものがある。
 当時の筆者の力ではとても勝てる相手ではない。一回りも二回りも木村さんが上。全日本の2週間前の全日本選抜準決勝で対戦し完敗。練習試合でも一度も勝ったことがなかった。
 筆者の気持ちは戦う前からすでに萎縮(いしゅく)していた。「木村さんには勝てない...」。弱気が体を固くし、負け試合のイメージが浮かんでくる...。しかし、初優勝のチャンス。これを逃すといつチャンピオンになれるか分からない。勝ちたかった。
 筆者は決勝戦の前、自分の気持ちをベストの状態にするため、どうしたらよいか、いろいろと考えた。
 そして決勝の20分ほど前「そうだ。木村選手は日本一の選手だ。尊敬するに足る選手なのだ。ウジャウジャ考えて、自分のベストを出せずに変な試合をしたら失礼にあたる。木村さんを尊敬してプレーしよう。尊敬する木村さんと最高のプレーをするためには、自分の持っている心・技・体・智のすべてを出しきって戦おう」と気持ちがまとまった。重かった気持ちがスーッと軽くなった。
 筆者にとって初の全日本決勝が始まった。木村さんの強さは予想どおりだったが、筆者はプレーすればするほど調子が上がり、初めて3-1で木村さんに勝つことができた。心・技・体・智、最高のベストゲームだった。
 筆者は作戦ノートに「相手を尊敬して戦う」と書き、試合に対する心構えの一番初めの言葉とした。

 相手を尊敬し全力を尽して戦う

 卓球はスポーツである。お互いが相手を尊敬しあって戦い、ふたりで最高のゲームを造りあげるというのが理想である。
 田舛彦介本誌発行人がいう、「フェアプレー、フレンドシップ、ファイティングスピリット」のスポーツの精神こそが「相手を尊敬して戦う」ことにつながる。闘争心を燃やし、フェアに全力を尽して戦い、相手を尊敬して友好を深める。その気持ちが気合を入れる声になったり、動作になったりするなら、相手も観客も深いにはならないはずである。いや、むしろ会場が歓声で沸きかえるような好試合になるはずである。

 相手の強さを認め挑戦していく

 木村さんのような強い相手と戦う時は精神的に楽である。相手の実力を認め、相手を尊敬して試合に臨めば「負けてもともと」の気持ちで全力を尽くせる。
 それを、相手の力を認めようとせず「自分は勝たなくてはいけない」と自分にプレッシャーをかけると試合が怖くてしかたなくなる。
 「自分が勝つ」ことを前提に全力を尽すのはもちろんだが、強い相手は強いと認め、相手を尊敬して試合に臨む。そうすると「ヨシ!自分のプレーがどれだけ通用するか思い切ってやってみよう」と挑戦者の気持ちで向かっていける。またリードされても「相手は強いのだから当然だ。でも全力を尽くそう。ばん回だ」と思え、すぐ試合をあきらめて投げ出したりしなくなる。逆にリードした時は「相手は強いのだから気を抜いてはいけない」と油断のないプレーができる。
 自分より強い選手に勝てる時の心理状態は、こういったケースが多い。

 誰にでも尊敬すべき点がある

 自分より実力が低い選手と対戦することもある。
「勝ってあたり前」と思われている、自分よりほんのちょっと弱い選手と対戦するというのは一番いやなものである。
 この時に「相手は大したことがないんだ。自分より弱いんだ。勝たなくちゃいけないんだ」と自分を心理的に縛(しば)ると、相手は思い切ってやってくる、こちらは逃げのプレーになる、で、思わぬ敗戦を喫することになる。
 自分より技術レベルが低い選手であっても、必ず自分より良い点があるはずである。サービスがうまかったり、バック系技術がうまかったりすることもあるだろうし、体力的に優れていたり、精神的に優れていることもあるだろう。相手の良い点を学ぶつもりで、相手を尊敬してプレーする。そういう心理状態でプレーすれば自分より技術レベルが下の選手に負けることはまず少なくなる。

 普段から精神面の強化を

 卓球はもちろん、人間のやるスポーツとはおもしろいもので技術、体力が優れているから必ずしも勝つとは限らない。試合には流れがあって、精神的に充実していると、連続して得点できるし、雑念が入るとたとえ一流選手でもつまらないミスが連続して出る。
 そこがコンピューターではなく人間のやるスポーツのおもしろいところで、それにより思わぬドラマが生まれる。
 普段、技術練習だけをしてるとなかなかそういったことに気づきづらい。そこで本番の試合になると(練習では入るのに...)と嘆(なげ)くことになる。
 試合では精神面の占めるウエートが極めて大きいのである。そのことを自覚している選手は普段の練習から、試合と同じプレッシャーを自分に与えて練習を行なう。遊び半分の練習ではプレッシャーのかからない時は良いプレーができても、本番の緊張した場面では思うようなプレーができない。普段、集中したゲーム練習をしていなくて、本試合だけ集中力を続けようとしても不可能である。
 スポーツは楽しくなくてはいけない。と同時に、やる時はやる、ゆるめる時はゆるめる、節度が必要である。24時間緊張のしっぱなしでは、ゴムが伸びきってしまうようにかえって上達できない。といって、いつもダラダラしていたのでは絶対に強くなれない。
 世界のトッププレーヤーたちの「ここ一番」での集中力はすごい。そして強い選手ほど集中力の持続が長い。それを見ると普段は冗談を言っている選手であっても、絶対にやる時は厳しい練習に取り組んでいるな、と確信させられる。国により方法はそれぞれ違っても、徐々に精神面を鍛える努力をしているに違いない。
 試合で「相手を尊敬して戦う」ためには、普段の練習の時から相手に教えてもらう気持ちで全力で練習に取り組む姿勢が大切。そして、自分の精神力を高める意識で、練習、トレーニングに取り組もう。そうすれば本当の試合の時に、ベストの力を発揮できるようになるに違いない。
「卓球を楽しむ」とは、スポーツマンらしいさわやかな汗と、自分が強くなる充実感であってほしい。



筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1990年3月号に掲載されたものです。
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