「作戦あれこれ」第165回 元気を出して戦う

 心、技、体、智をバランスよく鍛える

 試合でベストを尽くすための心の持ち方として、長谷川語録の二番目に筆者が書いたのが、「元気を出して戦う」という言葉だった。

 卓球の試合では、どうしても「技術」が物を言う。いくら気合いが入っていても、いくら体力があっても、変化サービスを出されて全くとれない、ループドライブをかけられてまったくとれない、というのでは一方的な試合に終わってしまう。
 技術は大切である。正しい基本を積み重ねて、高いレベルの技術を身につけなくてはチャンピオンになれない。気持ちだけ、体力だけ、では勝てない。しっかりした技術がないと試合で優れた精神面を発揮することはできない。
 そこで、誰もが、試合をするようになると、まず技術の修得に力を入れるようになる。フォアロング、バックショートから始まり、サービス、レシーブ、三球目攻撃...など、最も勝ちやすい「技術」の練習をする。短期的にはそれが手っとり早く「勝つための近道」である。しかしそれが極端になると、スポーツマンとしての体作り、運動能力アップがおきざりにされ、あるレベルまでいった時に壁にぶつかることになる。
 作戦面、精神面については、例えば小学校、中学校から卓球を始めた選手が、大学に入ってから初めて体力面を強化しようというのよりは、後になってからの挽回がややききやすい。とは言え、心、技、体、智を、初めからバランスよく鍛えていくことがベストであることに変わりはないのである。

 精神面が勝敗を分ける

 心、技、体、智のうち、試合での優先順位をつけるとしたら第一が心(精神面)であろう。
 前途したように、1対9とか2対8とか、技術レベルに差があった場合は「技術でやられてしまう」ことが起こるが、これが3対7とか、4対6となると、もう分からない。元気のある、精神面のしっかりした選手に大いにチャンスがでてくる。技術レベルがある程度近づいてくれば勝敗を分ける第一要因は「精神面」ということになる。
 例えば、自分の技術レベルが3対7で押されぎみであり、試合の立ち上がりに相手サービスをとれずにレシーブミスを連発すると「これだけ腕に差があるとちょっと勝てない」とあきらめる人が多い。これではもう勝てない。
 ところが、精神面のしっかりした元気のある選手は「どうやったら相手のサービスを返せるだろう」と冷静に考え、「いくら相手が強くてもチャンスはある」と相手の弱点を試合前半でしっかり覚えていく。得点は当然リードされるが、遠くから見ると、どちらが勝っているかわからないような元気のある動作で一生懸命試合をする。
 試合の中盤ぐらいになってレシーブが入り出すと「どうせオレのほうが強い」と油断していた相手は「返ってきたか」といいボールを打とうとして荒いプレーをする。そこでミスでもでると「アレッ、こんなはずはない」と慎重になる。こちらが元気よく、きっちり自分の攻撃をきめると、相手は「おかしいな!?」と首をかしげる。サービスで点をとろうとするがとれない。慎重につないでみたり、無理して強打ミスをくりかえす。こちらは勝っているようなムードで、やるべきことをやる。相手は技術レベルの高いプレーをして差をつけようとするが、ミスがでる。こちらは体がよく動き、声まででるような調子で自分のベストをつくす...。
 自分より強い選手に勝てるパターンの一例である。

 なぜ元気がなくなるか

 「元気を出して戦う」ことは基本である。「そんなこと分かってるよ」と考える人も多いだろう。元気を出して戦えばよいプレーができる。しかし、常に元気を出してベストのプレーができているだろうか?
 「ラケットに当たれば入る」という絶好調の状態がある。こういう時は試合になっても出足からリードが奪え、自然に声がでる。元気いっぱいでプレーできる。しかし、それとは逆に「練習の半分も入らない」という状態も考えられる。「こんなはずじゃない」と首を横に振る。「まあ、こんな時もある。これも実力のうちさ」とあきらめる人もいる。どうも思うようにいかない。そんな時でも元気を出して戦える選手だけが、高い勝率をあげることができる。
 卓球選手の中には「技術も体力もすばらしいのに試合になると勝てない」人がいる。また「技術はたいしたことないのに、何となく競りあって、元気に勝ってしまう」人もいる。
 調子がいい時は元気がでる。調子が悪い時はシュンとなる。これがあたり前の人間である。ところが、いつも試合で元気がなくなって負けてしまう選手は、出足で入っている時はいいが、中盤くらいでミスが続くと「アレッ、いかんなー」と首を横にふる、もしくは「ワーッ、どうしよう!?」と失敗の悪いイメージを頭に浮かべる。そんなタイプが多い。21本自分の思いどおりのプレーができることなど、まずない。1本や2本つまらないミスが出てもあたり前である。それを「ミスしたーっ」と悪いイメージを描いていたのでは、どんな試合でも後半には元気がなくなり、尻すぼみのプレーに終わってしまう。
 このように、ミスをするたびに試合でだんだん元気をなくしてしまうような選手は精神面を鍛えなくてはいけない。技術面や体力面同様、精神面も鍛えることにより向上するものなのである。

 成功のイメージでプレーする

 勝負強い、と言われる選手はみな自分のプレーに自信を持ち、精神面がしっかりしている。声を出すにしろ、出さないにしろ、動作、態度に元気がある。
 勝負ごとは「気」で相手を上回れば、だんぜん有利になる。技術面は多少低くても、常に元気でプレーできる精神面の強さがあれば、その選手は「強い」選手なのである。体力面、作戦面で常に優れている選手も、やはり同様に「強い」のである。
 常に内面に元気、闘志を持ち、だんだん調子をあげて勝つ勝負強い選手は、常に「成功するイメージ」を持ってプレーしている。自分が一番うまくいっているプレーを心に描き、そういったプレーをするよう心がけている。前半で何本かミスがでても気にせず「自分はうまくやれる」と強く心に念じ、積極的に元気なプレーをする。そうするとだんだんうまくいき始める。
 試合に勝つコツ、元気に戦うコツはこれである。ややもすると試合では「今日は調子が悪いんじゃないか」「相手のほうが強くて勝てないんじゃないか」とマイナスのイメージが心に浮かびがちである。こんな時にこそ弱気を捨て「やれる」「やれるんだ」と自分を勇気づけ、元気を出して戦おう。うまくいく、と強く心に念じれば元気がでる。そうすると自然に良いプレーができるようになる。
 現代人の弱点のひとつに、自分の心にワクをはめてしまうことがある。
 試合の時に「技術的に向こうが上だから勝てるはずがない」「確率的に調子が悪い日もあるんだから今日はこんなプレーでもしかたない」「元気を出せといっても調子の悪い時に出せるはずがない」と、客観的に試合を見たり、さめた目で自分を見て、「こんなものさ」とあきらめるのは、自分にとって何の得もない。怠惰な常識を捨て、「技術的に3対7でも不可能ってことないはずだ」「今日は技術的に互角だから絶対に勝てるはずだ」と自分を勇気づけ、元気を出して戦うことである。
 調子の良い時は「この調子だ。これでいいんだ。もっとやれるはずだ」と勢いに乗じよう。そして調子の悪い時もあきらめず「絵に描いたような逆転劇になるはずだ。あきらめるな!」と忍耐強く戦おう。
 この調子の悪い時に元気を出すコツは、心を励ますと同時に、自分の動作、態度を元気のある時のように振る舞うことである。目を輝かせ、動作を速くし、時には「ヨシッ」と声を出し絶好調のように振る舞う。これだけでも相手には、威圧感になるし、調子のよい時のように振る舞うと、人間の心は不思議なもの、調子のよい時のように元気になってくる。
 マイナスイメージを持ってプレーしても何の得もない。常に自分が最高のプレーをしているプラスのイメージを心に描き、あたかも常にそうであるかのように振る舞うことである。そうすると不調の時でも徐々に調子が上がってくる。
 試合の時に元気にプレーできるように振る舞うには、本試合の時だけそれをやろうとしても難しい。練習試合のときから元気を出してやる。日常生活での態度やあいさつなども積極的に明るく振る舞うよう心がける。そういった心がけを持ち、自分の精神面を鍛える努力を続ければ、試合の時に動じないようになるし、日々の生活にも元気がでてくる。
 人間は、心構えを改め、自分を作り変えることのできる唯一の存在である。「元気を出して戦おう」と心がけていれば、必ずそういったプレーができるようになるのである。



筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1990年4月号に掲載されたものです。
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