わたしの練習㉜仲田渠功 バックハンド攻撃とカット打ち

 中学校の練習は、台が2台しかなかったため、毎日がゲームでした。部員が多く、1回負けるとなかなか番が回ってこないのです。中学2年のころ、初めてシェークハンドを見て(感じがいいな…)と思い、すぐにシェークになったのですが、指導者がいないため、自己流でフォームを作らなくてはなりませんでした。

 ◇戦型についての悩み

 中学校でゲームばかりやっていたので、高校に入るとすぐ先生にフォームを直されました。フォームが一応自分のものになるまで、多くの時間がかかりました。ボールを使ってフォームを直すことができたのは夏ぐらいからで、それまではボール拾いや素振り、理論における勉強などをやって、半年ほどすごしました。高校に入って初めての遠征合宿があり、行く途中の汽車の中で、自分の目標や戦型などについて一人一人先生が聞かれました。これまでのぼくのカットは、スマッシュにもっていくまでのカットで、得点は打っていたように思います。そこで先生に「体が堅いしグリップも良くないから、伊東さん(日本楽器)のような速攻になったらどうだ」と勧められました。ぼくも一度やってみたいなあと思っていたので、合宿中はオールアタックの練習をしました。
 シェークの速攻といっても、そのころ一度も見たことがなく、どうしてよいのかわからなくなり、自信もなくなりました。元のカットマンにもどろうと決心したときは、すでに合宿は終わっていました。自分の選ぶ型をまちがえたのか、と疑問をいだくようになっていました。
 よく先生が皆に言われる「やりかけたら、最後までやりとおせ」、これがぼくをもう一度立ち直るようにしてくれたのです。それからの練習は、カットから攻撃練習へと変わっていきました。ようやく落ち着いて練習できるようになったのは、フォアハンドとハーフボレーが一応使えるようになってからだと思います。これからが自分の練習でした。

 ◇基本練習と3球目攻撃を

 現在の練習は、基本練習(フォアハンド20分、ハーフボレー20分、バックハンド20分)をやり、次にフットワークをやります。フットワークはオールフォアで回るのと、左右両ハンドを振ってフットワークするのが主です。フットワークの場合、自分が攻めているとき(前陣で)と攻撃された場合の守り、守るときはバックハンドを多く使ってのフットワークをやります。
 練習のなかには研究練習があります。自分の弱点はどのようにして直すか、研究してやるのです。弱点は少しでもカバーしていき、得意技術はさらに伸ばしていきます。不得意の練習のなかでは、カット打ちをよくやります。今までは、カット打ちに自信がないため、すぐ実戦練習をやっていました。そのため、試合になるとどうしてもカットが打てなかったのです。負けたのはほとんどカットマンでした。
 得意な練習では、バックハンドと3球目攻撃です。特にバックハンドには時間をかけます。初めのうちは前陣だけのバックハンドと、中陣ぐらいからつなぎボールとしてのバックハンドを練習していたのですが、これだけでは実戦に使えないと言われ、徐々に前後に動いて打つことを覚えました。この練習では、攻撃のボールとつなぎのボールとをうまく使いこなさなくてはいけないので、実戦において非常に役立ちます。
 一昨年から昨年にかけて、いろんな練習計画のもとにやってきました。合宿になると、十分な練習とミーティングを行いました。大会前などは、コンディションを整えるためにいろいろと注意しました。一昨年のインターハイでの団体は、コンディションの持っていき方が悪く負けましたので、それからというものは2度と失敗しないように心がけてやりました。シングルスでは、幅の狭い技術が通用せず敗れました。その結果、もっともっとスピードをつけどんなタイプにも勝てるように…というのがその後の課題となり、猛練習をやりました。
 サービスがぼくの一つの武器であり、それがなくては(うまくレシーブされると)ダメです。その年の全日本のジュニアでは、スピードがなく3球目もうまくいかず1回戦で負けてしまいました。このときに、ラバーをどうしようかと迷い、結局は裏ソフトから表ソフトに変えたのです。もう一つ変える原因となったのは、カットが簡単に打てると思ったからです。2ヵ月くらいでやっとラバーに慣れ、裏ソフトよりもすこしはスピードがつきました。が、やっぱりカットは打てませんでした。
 昨年のインターハイでは、ドライブに対する攻撃に自信を持っていったのですが、準々決勝で逆転負けし、精神面の弱さを痛感しました。この大会でプラスになったことは、カットマンふたりに勝てたことです。大会前の合宿で、サービスと3球目そしてツッツキからの攻撃をみっちり練習したのがよかったと思います。
 今回の全日本では、サービスと3球目と、フォアバックのコンビが思っていたより調子がよかったので、あとは精神面をしっかりすることだけを考えて試合にのぞみました。落ち着いて試合ができるようになったことが、プラスになりました。

 ◇練習計画と目標をもって

 「目標を持たない者は、進歩がない」という意味がわかったのは、一昨年のインターハイが終わったときくらいからでした。1日1日の練習計画を自分のものにするには、まずなにをやるかを決めなくてはなりません。平日(月~金曜日)は、授業が終わってから約3時間の練習時間があり、1時間単位で練習計画をたてます。計画は先生が立ててくださるのですがそれは骨だけであって血や肉にしていくのは自分たちなのです。卓球の技術の目標は考え出せないくらいたくさんあります。少しずつでも向上させるために、ぼくはいつも、あの人のようになりたいという希望を頭において練習しました。
 ぼくの初めのころの目標は、なにか1回でも優勝したいということでした。優勝するには、ただ勝ちたいという希望だけではダメです。それと並行に技術の向上を目ざさなくてはなりません。1日1日の練習計画に、きょうはフォアハンドをとか、ツッツキ攻撃を確実にというふうに計画を立てました。そうするのと、なにも考えないでやるときとでは、練習の雰囲気が違います。調子が悪いときなどはその日の反省をします。ぼくたちの学校では、みんな卓球日誌をつけています。1週間に1回先生に見ていただき注意してもらいます。こんなところから、先生と生徒はいつも交流しています。この日誌には、来週はこんな練習をするのだとか、また精神的なことを書いたりして、毎日少しずつでも注意してやるようにしています。
 目標も変わってきました。大阪代表になることから、だんだんとインターハイや全日本でとか、少しでも上の方に向かってやらなくてはと思いはじめました。
 ようやく今度の全日本で優勝できましたけれど、やらなくてはいけないことがたくさんあります。スピードをつけること、精神面の向上、だれにも通用するだけの技術を目標にがんばりたいと思います。
 ことしは、高体連の試合に出られないのが残念ですが〔病気のため1年間休学した〕、気にとめないでがんばります。一緒に練習してくださった先輩の陰の力に感謝しています。
 自由に練習できることが、今日のぼくにとってたいへん幸福です。“たゆまぬ努力”この言葉をモットーに努力したいと思います。

なかんだかれ いさお
大阪府泉南高2年。シェークハンドの攻撃選手。
昭和40年度全日本男子ジュニアチャンピオン

(1966年2月号掲載)

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