わたしの練習67伊藤繁雄 3球目攻撃を徹底

 ―世界選手権では、大活躍されほんとうによかったですね。優勝をふり返ってみて、どういう練習をしたのがよかったと思いますか。

 ◇3球目の練習をいちばんよくやった

 伊藤 3球目の練習をよくやったことです。特に試合が近づくほど、カットサービスからの3球目をやりました。
 ―どんなサービスから、3球目をどのように攻める練習ですか。
 伊藤 相手にツッツキで返させるように、小さい下回転のカットサービスを出して、バックへ返してもらい、それを回り込んで強いドライブでいろんなコースへ打つ練習です。もちろん長いカットサービスからのドライブや、スマッシュの練習もやっていましたが。今回の試合で特に使ったのは、一つは相手のバックへショートサービスを出し、ツッツキでバックへ返ってきたのを回り込んで思いきったドライブでストレートとミドルへ打つ。一つは相手のフォア前にショートサービスを出し、バックへツッツキで返ってきたのをクロス、ミドル、ストレートへ打ったボールでした。それとサービスのタイミングを少しかえたり、センターライン寄りからバクサービスを出したりしたのが意外と効果的だったな。同じサービスでも相手のタイミングが狂うんですね。出発前に少しでも練習しておいてよかったです。
 ―3球目の練習をどれぐらいしたんですか。
 伊藤 出発1ヵ月前の名古屋合宿ではこんな練習を毎日やっていたんですよ。箱にボールをたくさん入れておいて、サービスと3球目だけを連続して150本ぐらい打つんです。それでただ入れたらよいというだけでなく、ねらうところへボールを置いて、そこに命中させたりしてですね。世界選手権前の練習を、いまから考えてみると、他の練習はたいしたことなかったけどこの練習だけは試合直前までよくやったですね―。
 ―大会の2ヵ月前はものすごく不調だったわね。立ち直れた原因は。

 ◇世界を意識して練習してなかったが

 伊藤 「いろいろあるけど。調子が悪かったのは、用具のせいにしていたんですよ。ラバーが合わないからおれは調子が悪いって。でも『昔の人はラバーやラケットがなかなか手に入らなくて、すりへってまん中がへこんだらその部分を切りとり、他の部分をまん中に張ってまた使った。自分がラケット、ラバーに合わしたもんだ』というお話を社長から聞いて、ハッとしたんです。それと試合がだんだん近づいてくると、やらないかん、とだんだん気持ちも盛りあがってきましたね。もう一つは、ちょうどそのころ、ふとしたキッカケで、徹底してミドルから試合を始めたら(最初のボールをミドルへ送る)長谷川や河野に勝てるんですね。いままで1回勝っても次は負けているのに、このやり方だと続けて勝てるんだな。この感じだ、この感じだと、気持ちをひきしめてやっていたら、だんだん調子が上がってきたんです。
 ―1年前にソ連が日本にきましたね。そのときの伊藤さんの成績は2勝1敗でしたが、試合内容としては正直言って決していいとはいえなかったようね。なんとなく相手の凡ミスで勝ったような。それから1年、伊藤さんの卓球は前へ前へと良い方向へと進んでこられた。やはり世界に備えて練習されたんでしょう。
 伊藤 あのときひらめいたことは、意外としつこくおなじところへ攻めたらいいなということと、ときどき思いきってでかい(長い)サービスを出したほうがいい、レシーブは打たれてもよいから絶対にミスしないこと、だったな。どんなタイプとやっても先手をとるということはもともとぼくの目標だし、それに国内のことで精一杯で意識して対ソ連とか世界を目ざして練習していなかったですね。でも中陣からバックハンドを2本振って、回り込んで前にふみこんでスマッシュする練習をよくやっていたのが、ゴモスコフ戦でものすごく役立ちましたね。
 ―今回の大会前のソ連との対抗戦で、ゴモスコフに2敗したと聞いたときには、ちょっと心配したけど世界選手権ではすばらしい試合だったそうね。

 ◇みんなが寝ているときにトレーニング

 伊藤 自分にとっては最高の試合でした。やる前は、2回も負けていることが気になって、不安でいろいろな雑念が入って心が落ちつかなかった。でも、3球目をポイントできたらなんとかなる、と心のどこかにそういう気持ちがあったんですよ。それでいざ本番になると1本1本無我夢中で3球目を攻めたんです。精神的に無我の境地になれたのがよかったと思います。
 ―前陣速攻型のゴモスコフより先に先にと攻めておられたとか。
 伊藤 足が動いたんですよ。とにかくぼくの卓球は足が動かなければどうしようもない。
 ―大切な場面で、しかも疲れているときに、自分で最高といわれるほど足が動いたということは、日ごろずい分足をきたえていた、ということにもつながると思いますが。
 伊藤 よく走りました。ランニングは好きだったし。もっとも必要性を感じていたからだけど。大会前ソ連に行ってからも毎日走っていたんですよ。それがよかったかな。
 ―大学時代、特別になにかやっていたんでしょう。
 伊藤 自己満足を得るためもあったけど、朝早くみんなが寝ているときに、そっと起き出してトレーニングしました。体操とランニングとダッシュなどを1時間ほどやって、またベッドにもどるんです。それでみんなが起き出したら、いかにもいま起きたような顔をして出てくるんですよ。そのときのごはんは最高においしかったですね。心の中では、だからおれはこいつらに負けるはずはない、と思ってました。それと必ずやるようにしていたのは練習やる前は5分でも10分でも早く出かけて、道場でウォーミングアップをやることです。軽く汗が出ている状態にしてから練習に入ったほうがすぐ調子もでて、練習にむだがないし、心の準備をちゃんとすると気合いの入れ方もちがいますからね。
 ―伊藤さんは2年間社会人としての生活を過ごされ、それから大学に入られたわけですが、その間いろいろ苦しいことがあったと思います。卓球をやめたくなったとき、練習を休みたくなったときも。そんなときどういうふうに乗りきってこられたんですか。

 ◇ぼくの目標は前陣速攻ドライブマン

 伊藤 やると決めた以上引くに引けなかったですね。家族の反対を押しきって、たのみぬいてやっと入ったのですから。おふくろががんばってくれてるんですよ。いま69歳だけど、4年間働いてぼくの生活費出してくれたんです。ぼくはお天気屋なんだけど、それを思い出すたびに、「おふくろはあの年でがんばっているのに自分は遊んでいてはいけない」と気を引きしめました。
 ―シェラーとの負けそうだった試合を逆転したあの気力は、何年間もの苦しいトレーニング、苦しい練習をやり抜いてこられたからこそ最後のどたん場で発揮できたのだと思います。お母さんもよろこばれたでしょうね。これからもがんばってもらわねばならないんですが、今後の目標は。
 伊藤 いまのぼくに勝つようにがんばることです。練習にかぎらず生活全般で、どうしようかと迷ったとき強くなるほうをとるように。たとえば朝ランニングをやるとか。それと次の世界選手権まで思いきってやること。一生懸命やるというのが普通かもしれないけど、それだけだと目先のことしか頭に入らないような気がするんです。だからぼくは全体を見るようにしながら思いきってぶつかっていこうと考えています。
 ―技術的には。
 伊藤 ぼくの目標は、前からそうだけど、前陣速攻ドライブマンになることです。低いボールはドライブで攻め、できるだけ多くスマッシュする。それから体力的なことも考えて、打てないときは相手のボールを利用することと、タイミングやモーションの変化なども研究していきたい。世界一になったのだから、世界一の努力をしなければならないと思っています。真のチャンピオンになるのはこれからです。

いとう しげお タマス勤務。専大出。
’67、’68年全日本3冠王。世界選手権では男子団体と男子シングルスに優勝。裏ソフトラバーのドライブ主戦型だが、まがってしずむ強烈なドライブに外国選手は手こずった。


(1969年7月号掲載)
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