わたしの練習89松井慎二 李富栄選手型の前陣攻守を目標に

 ○小学校時代

 私の兄が卓球部員だったので、その影響を受け、ラケットを手にするようになり4年生のころから、よく町の卓球場でゲーム中心の勝ち抜き戦をやりました。5年生になり見城先生から指導を受け、群馬県沼田市内の小学校大会に初出場。幸運にも準優勝し、ますます卓球に熱中するようになり、6年生で市内大会に優勝しました。

 ○沼田中学時代

 入学そうそうに卓球部に入部し、田村眀人先生のもとで練習に励みました。
 練習内容は、素振り、フォア打ちとフットワーク、ショート対ショート、ツッツキ打ちなどを主に練習。トレーニングはランニングを主体に腕立て、腹筋の強化などです。月に一度、総当たりのリーグ戦があり、その結果ランクが決まり正選手も決定するので特にがんばりました。また卓球日誌は毎日書くように指導され、反省、計画、実戦、研究及び田村先生との対話の材料に役立てました。がんばったかいがあって、2年生で全国大会に初出場。3年生のときには僚友・大谷君とともに幸運にも中学日本1の座につくことができ、熱心に指導してくれた田村先生に感謝しています。

 ○熊谷商高へ

 チームメートの大谷、井上君と共に高校界の名門熊谷商業にもっと強く、もっとたくましく精神をきたえるために入学。吉田安夫先生の好指導のもと、高校2年のインターハイで団体準優勝、3年のことしは団体優勝をはじめとして幸いにも3冠王になることができ、小・中・高校すべて好指導者に恵まれた私はつくづく幸せ者だと思いました。
 高校での練習は、1年のときはフットワーク主体にスマッシュ、ツッツキ打ち、フォア・バックのきりかえしなど。2年のときにはカット打ちと、ショートからの回り込みスマッシュ、ネットプレー、サービス、レシーブ、3球目、4球目攻撃などに重点をおいて練習しました。3年になって前後のフットワーク、ネットプレーとスマッシュ練習が主体でした。3年間通して毎日練習したのは、フットワークとスマッシュ練習でした。
 特に吉田先生の方針では表ソフトはネットプレーとスマッシュ、そして卓球はフォアハンド対フォアハンドの対決で打ち負けて、コートからさがったら負けという考え方から、打点とフォアサイドへのとびつきには特に注意しました。そして、ことしの5月からレシーブ力の向上に重点をおきました。またダブルスはサービス・レシーブ、3球目攻撃、4球目攻撃を中心にパートナーの長所と自分のよさが生かせる作戦を考えてとりくみました。
<高校の練習>
1.フットワーク
①F側からF-B1本1本
②B側からF-B1本1本
③F側対オール
④B側対オール
⑤N字型フットワーク(クロスとストレートは時間で交替する)
⑥カウントをとって相手のワンサイドに返球、スマッシュを入れてオールサイドで行う
(F側対オール、B側対オール)
⑦B2本、F1本のきりかえしのフットワーク。ただしBの1本はショートか、バックハンドで返球
⑧前後のフットワーク―ワンクロスで前後に1本ずつ動かしてもらう
 以上のようなフットワークを毎日、2つ組み合わせて練習した。
2.スマッシュ練習
①連続スマッシュ―特に1年生のときやった
②レシーブスマッシュ―フォア、バック両サイド
③3球目スマッシュ―特にロングサービスから
3.レシーブ練習
 単調になりやすく、あきやすいから集中してやるように本数を決めて練習することが多かった。

 ○中国遠征

 7月7日から20日間の高体連選抜チームの中学遠征に参加でき、13戦中、8勝5敗と勝ち越し、自分としてはまずまずの好成績を収められたことは、初の海外遠征だっただけに非常に自信を深めました。特に中国選手から学んだ点は、ネットプレーの打点の高い攻撃と、モーションが複雑な変化サービスです(非常に球質とコースの判断がしにくくレシーブにものすごく神経をつかわなければならない)。
 インターハイ団体優勝を目標にしている直前の中国遠征で、ずいぶん神経を使いましたが、監督の吉田先生がA・A大会の日本チームのコーチとして中国遠征されたことがあるので中国の事情にくわしく、遠征の心得をじゅうぶん聞くことができ、体調も好調で帰国後の調整も成功し、インターハイで好成績をあげることができました。

 ○今後の目標

 表ソフトラバーを使用している私は、今後は、第1にネットプレーの充実とスマッシュ力の向上、特にパワーをつけること。第2にレシーブ力の向上とサービスと3球目攻撃、そして自分の長所であるショートを生かし、相手を前後左右にゆさぶり、攻撃に結びつける前陣攻守型の、中国の李富栄選手タイプの卓球を目標にがんばりたいと思います。

まついしんじ 1974インターハイ3冠王


(1974年11月号掲載)
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