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A. ディアス インタビュー(後編)「他の人と違うことが重要」

 世界卓球2021ヒューストンでは女子シングルスでベスト16、2021年、2022年パンアメリカン選手権大会を2連覇などの好成績を積み重ね、2022年第12週の世界ランキング(女子シングルス)で自身初、そして、プエルトリコ出身の選手として初の一桁台(9位)を記録したアドリアナ・ディアスが昨年来日した。世界卓球2022成都では、エースとしてプエルトリコを初の決勝トーナメント進出に導くという偉業も成し遂げた。プエルトリコという卓球選手としては恵まれたとは言い難い環境から、トップ選手の仲間入りを果たした秘訣(ひけつ)を聞いた。
 後編では、指導を受けているという邱建新氏について、また、これまで娘をトップ選手に育て上げてきた父・ブラディミル氏について詳しく聞いた。

父はすべてのことを教えてくれた
邱建新の指導は私が受けてきたものとはまったく違う

--今回の来日の目的のひとつは、邱健新氏の指導を受けることだと聞きました。「プロセスを楽しむこと」と「もっと強くなろうとすること」はディアス選手の中で、どのように両立しているのでしょうか?

AD 私はプロセスを楽しむのと同時に、アスリートとして勝利に何よりも喜びを感じますし、勝ちたいと思えば厳しい練習も必要です。私が今、邱建新さんのクラブで、新しい経験ができるのは本当にうれしいことです。邱さんの練習は私がやってきたものとはまったく違うものですが、とても役に立っていると感じます。打球練習だけでなく、メンタル面でも助けになっています。邱さんは自信を与えてくれますし、私たちは素晴らしいチームになることを願っています。
 また、従来と同じ練習していても、彼はとても面白く、真剣でもあります。私は将来が本当に楽しみだし、ハードな練習も楽しめています。

大阪に卓球場を構えた邱建新の下には世界中から強豪選手が集まっている。写真は平成27年度全日本選手権大会


--これまでは、主にお父さん(ブラディミール・ディアス)の指導を受けてきたと思いますが、その指導はどのようなものでしたか?

AD 父は私の人生におけるすべてのことを教えてくれました。彼は卓球も教えてくれましたが、最も重要なのは精神面で私を助けてくれたことだと思います。父は常に誰よりも私のことを信じてくれています。父は常に私が大きな事を達成できると言い聞かせてくれます。私は自分自身を信じ、努力しなければいけません。
 彼はとてもポジティブな人だから、私がポジティブな人間になるように背中を押してくれました。もし、彼がいなかったら、私はここにはいなかったでしょう。私は、父が私をより良い人間に、より良いアスリートに育ててくれたと感じています。父が私と家族全員にしてくれたすべてのことに感謝しています。私にとっては父がすべてです。

--お姉さんのメラニーも卓球選手として有名ですが、ディアス選手は4人姉妹の3番目だそうですね。

AD はい。上の姉のメラニーはヨーロッパ(チェコ)のプロリーグでプレーしています。2番目の姉はジュニアナショナルチームで卓球選手でしたが、今は大学を卒業して働いています。仕事はとてもうまくいっていて、彼女といると本当に楽しいです。
 妹も卓球をしていて、私と同じように一生懸命練習しています。私たちはとてもよく似ていて仲もいいんですよ。私たちは全員卓球をしているので、卓球は人生の大きな部分を占めていると思います。私たちはいつも集まるたびに卓球の話ばかりなので、たまにはそれを忘れて何か他のことを話したくなります(笑)

--話を指導に戻して、お父さんと邱さんではどのような違いがありますか?

AD 父は「頑張れ、頑張れ!」と大きな声でいつも背中を押してくれます。邱さんはもっと穏やかだけど、外見から何を考えているかが分かるような気がします。彼はいつもとても冷静に試合を見ていて、そういう面では父と違いを感じます。
 父は、試合の時はそれほどクレイジーではありませんが、頭の中はちょっとクレイジーかもしれません(笑) 父は「頑張れ!お前ならできる!」という感じですが、邱さんは冷静で、私がその真ん中にいてバランスを取っているので、3人はいい組み合わせだと思います。

世界卓球2021ヒューストンでベスト16入りを決めたディアス。ベンチに入った父・ブラディミル氏と

アジア式フットワーク練習だけは楽しめない(笑)

--邱さんの指導の特徴はどのようなところにあると思いますか?

AD 彼はとても粘り強い人だと思います。どんなことがあっても、私に必要なものが何かを知っています。もし、何時間ものトレーニングが必要であれば、頑張れるように手助けしてくれるでしょう。そういう意味では彼はとても強い意志を持っていると感じます。そして、多くの経験も持ちあわせています。もちろん、彼は多くの偉大な業績を残していますし、その経験は私にも自信を与えてくれます。そして、そうした経験を通して、試合について考えさせてくれるし、いい方向に導いてくれると思います。

--邱さんには具体的にどのような指導を受けていますか?

AD 彼は私のプレーを何度も見てくれていますが、私はときどき自分のどの部分がよくないのかがわからなくなることがあります。そういう時に、彼はいつも私に必要なこと、そして、たいていの場合、たくさんのフットワークの例を示してくれます。私は、アジアの選手とはかなり違うと思っています。私には感覚的にプレーする傾向がありますが、彼は私にアジア的なフットワークとスピードを要求します。それに彼はとても頭がよくて、本当に私とは違う試合の見方をしています。彼はいつもどうすれば人と違うサービスがだせるかを考えていますし、彼自身とてもいい選手でしたから、その経験も指導に生かされているのだと思います。彼は卓球に関して私を少し賢くしてくれますし、それは本当に役に立っていると思います。

--アジア式のフットワーク練習も楽しんでいますか?

AD それは私が唯一楽しめないことですね(笑) フットワーク練習は本当に大変ですよ! 5分とか7分ならできるかもしれないけど、邱さんの場合は続けて10分、20分、30分やるときもあります。でも、それがいいんです。本当に難しい練習ですけどね。
 練習相手がいるのですが、彼は自分の練習はしないので、私だけが続けてフットワーク練習をしなければいけません。それがとてもハードです。慣れることはできませんね(笑)

「邱さんのフットワーク練習だけは楽しめない」とディアス。この表情


--そうした楽しくない練習も強くなるために必要だと受け入れていますか?

AD そうですね。やっているときは「なんで私はこんなことをしているんだろう?」と思うこともありますが、やりきれば解放感がありますし、やりきった自分を誇りに思える部分もあります。それは自信にもつながりますし、プロセスは楽しくないけど、やり遂げたときにご褒美がありますね。

--今後も自主的にそうした厳しいフットワーク練習などを続けようと思いますか?

AD 邱さんに言われたらそうしなければならないけど、1人になったらのんびりしてしまうかな(笑)
 そのときどきによって違うとは思いますが、今回はクリスマスにプエルトリコに帰国するので、故郷を少し楽しんで、フットワークは日本に置いていくことになりそうです。

「結果はどうでもいい、どう戦うかが重要だ」

--今後さらに卓球選手として強くなる上で、何を目標にしていますか?

AD トップ選手、それも中国のトップ選手に勝つことが、大きな目標のひとつだと思います。中国の選手に勝つためには、一度だけでなく、常に改善し続けなければならないと思っています。
 もちろん、ランキングを上げるだけでなく、トップ選手に勝つことは私の目標です。それはとても重要なことだと思いますし、将来的には大きな成果を残せるようにしたいですね。1度や2度勝つだけでなく、コンスタントに勝ち続けることが大事だと思うので、そのために努力しています。

--コンスタントにトップ選手に勝つようになるためには何が必要だと思いますか?

AD 練習のおかげで精神的にも強くなっていると思います。自分の力を信じているし、あまり緊張もしないのですが、今よりも安定したボールが必要なときもあります。もっとたくさん打ち込んで、たくさん練習して、たくさんフットワーク練習をして、とにかく戦い続けることです。
 アジアには卓球の歴史があって、彼らはチャンピオンや強い選手になるためのレシピがあることを知っています。だから、そのレベルに到達するために、そして到達するだけでなく、それを維持するために、私は一生懸命、今までと違うこともしていかなければいけないと思っています。

--ディアス選手のメンタルの強さはどのように培われてきたと思いますか?

AD 私は小さい頃から父に「結果はどうでもいい、どう戦うかが重要だ」と言い聞かされてきたので、戦うことに集中して、自分のベストを尽くしてきました。戦うことに集中して、自分のベストを尽くしていれば、結果のことなんて忘れてしまいます。もし、「勝たなければ」とか「負けるわけにはいかない」と考えてしまったなら、それは既に間違いです。まだ、勝つことも負けることも起こっていないのですから。
 だから、私は、ただ戦い、ただ卓球台について、ただプレーを楽しみ、ただ国の代表選手であればいいのです。結果について考えるよりも、どうプレーするかが一番大事なことだし、こうした姿勢は精神的な支えにもなっています。
 もちろん、観客が私の試合を見てくれるのはうれしいです。だから、観客がいる時は、彼らが楽しめるようにいいところを見せたいと思ってプレーしていますし、見ている人を楽しませたいという思いも私を支えてくれるし、そう考えることで私らしくいられます。

--それでは、今の目標を聞かせてください。

AD 来年(2023年)はパンアメリカン競技大会がありますし、世界卓球2023ダーバンもあります。世界卓球2021ヒューストンでは、ベスト16に入れたので、それ以上の成績を残したいですね。世界卓球は、私にとって常に特別な大会です。いいプレーがしたいし、雰囲気も好きなので、もっと上にいきたいですね。
 来年はWTTシンガポールスマッシュもありますし、WTTチャンピオンズもあります。とても重要な大会がたくさんありますが、私の3つの大きな目標は、パンアメリカン競技大会で優勝することと世界卓球で準決勝まで勝ち進むこと、そして、WTTチャンピオンズやWTTコンテンダーで優勝することです。それはきっと素晴らしいことだと思います。もっともっと努力し続ければ、きっとできるはずです。

世界卓球2023ダーバンでは初のベスト8入りを目指す


--強くなりたいと練習に励む卓球レポートの読者・視聴者にアドバイスをお願いします。

AD 私もまだ若く、勉強中ですが、現時点で言えることは、あなたらしく、誰かと違っていていい。誰かに従うのはその後でいいということです。他の人と違うことで、自分だけのアドバンテージが生まれるし、あなた以外があなたのプレーを知らないということはとても大事なことだと思います。特に、トップ選手に勝つためには、他の人と違うことが重要だと思います。
 そして、努力し続けることです。私はカリブ海の島国出身で、世界のトップ10に入るなんて考えたこともありませんでした。だから、卓球では何が起こるか分かりません。卓球は難しいけれど、人生を変えることができるようなものでもあるので、本気で望めば実現できると思います。

--最後に、世界のファンに向けて一言お願いします。

AD 世界中の友だちへ! 私のすべてを多くの愛でサポートしてくれてありがとう! あなたが私がすることを楽しんでくれて本当にうれしいです。皆さんの応援は私の競技生活と人生にとって本当に大切なので、引き続き応援よろしくお願いします。すぐに会えることを願っています。

インタビューは一旦終了したが、A.ディアスに帯同して来日していた母親のマランヘリさんにも、アドリアナについていくつかの質問を投げかけてみた。

--4人のお嬢さんの中で、アドリアナはどのような子どもでしたか?

MD(マランヘリ・ディアス。以下、MD) 彼女は自分のやっていることに本当に情熱的に取り組みます。他の子と違うところは、即興的な、計画されていないことが好きなところです。物事を成り行きに任せるというか、そういう特徴がありますね。

--アドリアナがここまでのレベルの選手になると思っていましたか?

MD 彼女が小さい頃はそんな風には思っていませんでした。試合や練習を楽しみながらやっていましたが、途中からはハードに練習するようになってきました。
 親としてみれば、彼女の勝ったり負けたりはジェットコースターに乗っているようなハラハラドキドキの連続ですが、本人は楽しんでいるので、それが今の結果につながっているのだと思います。

--マランヘリさんも卓球選手だったということですが、アドリアナのどこが選手として優れていると思いますか?

MD 彼女は卓球を始めた頃から本当に優れた感覚を持っていて、ボールとラケットがどのように触れるとどうなるかということを自分で学んでいたと思います。また、周りの人や観客を喜ばせるのが好きで、彼女自身がそれを楽しんでいることも特別な才能だと思います。
 もう一つはバックハンドの技術ですね。それらが、相まってトップレベルの選手になれたのだと思います。

--最後にアドリアナへのメッセージをお願いします。

MD 今やっていることを、これからも楽しんでください。あなたは世界ランキングの上位に食い込むだけの実力があり、本当によくやっています。その過程を楽しんでください。自分自身を信頼し続けて、その一歩一歩を幸せに踏みしめてください。

マランヘリさんは「今やっていることを楽しんで!」とまな娘にメッセージを送った


「プレーを楽しむ、競技を楽しむ」とは、アマチュアのみならずプロスポーツの世界においても、いつからかアスリートが口にする定番のフレーズになった。見ている私たちも、苦渋に満ちた表情でプレーする選手よりも、楽しそうにプレーする選手を見ていたい。選手も、それで最大限のパフォーマンスが引き出されるなら誰も異論はないだろう。
 だが、勝負の世界にあって、必ずしも勝利という結果を最重要視しないとでもいうようなその姿勢は、どこか居心地の悪い響きを携えているのではないだろうか。少なくとも私は、ディアスの話を聞くまで、そうした思いを捨てきれずにいた。しかつめらしい顔で、厳しい練習を人一倍こなさないとトップレベルにはなれないはずだと。本気で頂点を目指すなら、楽しむ余裕などないはずだと。

 親の影響か、ラテンの気質か。カリブ海の離島からさっそうと現れた卓球少女は「アジア式のフットワーク練習だけは楽しめない」と平然と言い放ちながらも南北アメリカ大陸を制し、世界でも屈指のプレーヤーにまで成長した。
 もちろん、才能もある。卓球一家という環境も大きいだろう。父ブラディミルさんの情熱、母マランヘリさんの優しさ、姉妹との切磋琢磨(せっさたくま)。それらの奇跡的な結晶がアドリアナ・ディアスであることは間違いない。彼女のようなセンスフルで奔放なプレーを「お手本」にしても、第2のディアスが生まれることは想像しにくい。
 だが、彼女のように他の選手と違うことを恐れず、むしろ、違いを追求し、結果ではなく「今」というプロセスを楽しむ姿勢に倣うことができれば、世界のどんな辺境からどんな選手が現れても不思議はない。
 ディアスは華々しい結果だけでなく、そこに至る過程がどれだけ楽しいかを伝えることで、プエルトリコだけでなく、世界中に卓球という「楽しみ」の種を撒いてくれているのではないだろうか。そんな選手を応援しないわけにはいかない。

インタビュー前編はこちら
A. ディアス インタビュー(前編)「大切なのは過程を楽しむこと」

(まとめ=佐藤孝弘/写真=猪瀬健治/取材協力=久保真道)

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