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オフチャロフインタビュー#3
「できるだけ長く選手生活を続けたい」

 顔の前で左右の腕を交差し、深くしゃがみ込んだ独特の構えから繰り出すバックハンドサービスで、日本の卓球ファンにもおなじみのディミトリ・オフチャロフ(ドイツ)。長らくドイツの主力選手として活躍し、男子シングルスで2度のオリンピック銅メダルを獲得するまでのトップクラスの選手に成長したオフチャロフに、卓球レポートは初めてのロングインタビューを行った。
 卓球を始めたきっかけから、彼がなぜトップ選手へと成長することができたのか、また、ユニークなプレースタイルの源泉はどこにあるのかなど、多岐にわたる質問をぶつけてみた。
 第3回は、東京オリンピック銅メダルへの道のり、盟友ボル(ドイツ)について、そして、今後の目標について語ってもらった。

オフチャロフはどんな質問にも真摯に答えてくれた

東京オリンピックでは
金メダルを取れると信じていた

--先ほど話に出た東京オリンピックのカルデラーノ(ブラジル)戦、馬龍(中国)との準決勝、3位決定の林昀儒(中華台北)戦といずれも大激戦でした。東京オリンピックの銅メダルは、あなたのキャリアにとってどんな意味がありますか。

DO ロンドンオリンピックを含め、2つのシングルスのメダル獲得はすごい経験だったと思っています。オリンピックでは自分はもう6つもメダルを取っています。2012年のロンドンオリンピックに関しては、すごく強い思いがあって、準決勝で張継科(中国)と当たりましたが、もうこの試合の時にすでに銅メダルのことを考えてしまっていて、この試合には全然集中できていませんでした。3位決定戦の相手が荘智淵(中華台北)で、この試合に関してはとても集中することができましたが、準決勝はバリアを張ってしまったというか、ちゃんと自分の試合ができなかったと思っています。
 しかし、2021年東京オリンピックでは新型コロナウイルスの影響で(開催時期が1年遅くなったため)準備に時間をかけることができました。自分の中ではもう絶対に金メダルを取れるという強い思いがありました。長い時間、精神的にも準備しましたし、対戦相手の研究もすごくやってきたので、もう自分は金を取れると思っていました。私はただメダルを取るために東京に行ったわけではなく、金メダルを取れると信じていたのです。だからこそ、最後まで粘り強く戦って、馬龍に僅差で負けたのだと思います。非常に接戦で、あの試合に勝っていたら、決勝でも勝ったことのある樊振東(中国)に勝つ自信はありました。
 でも、馬龍に準決勝で負けてしまって、これまでにないぐらい落ち込みました。本当に悲しかった。人生の中で最もつらい敗北でした。もう次の試合のことを考えることもできませんでした。父に電話をして「本当につらい。明日はもう戦うエネルギーも残ってない。精神的にも疲れすぎているし、2012年にも銅メダルは取っているから、今回取ってもあまり変わらない。僕はもう空っぽだ」と話をしました。その時はあまり答えてくれませんでしたが、父はまた次の日に連絡をくれて、「その気持ちはすごくよくわかる。ただし、今日の試合でベストを尽くさなかったら、今後の人生ずっと後悔するよ。シングルスで銅メダルを取れるチャンスがあるのはお前だけだから、負けても勝っても関係ない。ベストを尽くしなさい」という言葉をかけられました。
 その日はほとんど眠れず、疲れたままでした。そして、試合の前に、私は目を覚ますために冷たいシャワーを浴びて、戦うこと以外は何も考えないように集中しました。
 この試合については、私は技術的にも戦術的にも何も準備をしていませんでした。ただ、1ポイント1ポイントに集中し、戦いました。とても素晴らしい試合になり、私の親友でもある林昀儒は4回マッチポイントを取りました。特に、4回目のマッチポイントでは、私がチャンスボールを送ってしまって、林昀儒がフォアハンドドライブで決めようというところで、私は0.1秒間負けを覚悟しました。逆に、短期間で多くのつらい試合をこなし、この長い試合からも解放されるという安心感を感じていたところでしたが、林昀儒はこのチャンスボールをミスをしたのです。
 その時、彼の目を見たらものすごいショックを受けているのが分かりました。審判が投げたボールを受け取れないぐらいショックを隠しきれない様子で、先ほどのミスの影響を強く受けていると感じました。それを見た時に私は人生に1度きりのチャンスが来たと感じて、そこから100パーセントの自信を取り戻して、15-13で第6ゲームを取って最終ゲームは9-3までリードを広げました。前日の準決勝も接戦だったので、神様の助けがあったのかもしれません。この東京オリンピックの銅メダルは前回のロンドンで獲得したものとはまったく異なる経験でした。

失意のどん底からはい上がったオフチャロフは、林昀儒との激戦を制し銅メダルを獲得した(写真提供=ITTF)

ティモはいつも彼のベストを尽くして
最高のものを与えてくれる

--オリンピックでは4度、団体戦でメダルを獲得していますが、4度ともチームメートとしてプレーしたボル(ドイツ)はオフチャロフ選手にとってどんな存在ですか?

DO 彼は私の最も古い友人の1人で、兄のような存在です。私がナショナルチームに16歳ぐらいで入って、17歳頃からずっと一緒に過ごしてきました。特に、2006年の世界卓球ブレーメン大会が終わってから2010年ぐらいまでは、すごく長い時間を一緒に過ごして、一緒に移動したり、彼の家に泊まったりしていました。その時点ですでに彼は有名な選手で、世界ランキング1位だった時期もあり、すごい先輩でした。
 私はティモにぴったり一緒にくっついて、一緒に練習をして、という時間を過ごしました。時には、家に帰るとティモの奥さんが料理して待っていてくれて、犬と一緒に森にランニングに行ってと、家族のように過ごしました。20年近く前のことになりますが、よくその時のことを振り返って楽しむことがあります。
 私たちが信頼関係を築いたおかげで、ドイツは多くの機会で多くのメダルを獲得することができました。私がNTに加わる前は、彼の肩にすべてのプレッシャーがかかっていたかもしれませんが、私が来てからは、私たち2人で責任を共有できたのは彼にとってもよいことだったと思います。
 私は彼からたくさんのことを学び、そのことに本当に感謝しています。彼がまだ現役で、信じられないレベルでプレーしていることもとてもうれしく思っています。彼は間違いなく世界でも類を見ない選手であり、ドイツの卓球界だけでなく、多くの人々にとってロールモデルであることを私は確信しています。
 彼は本当に素晴らしく、ユニークな存在でもあります。スポーツは競争を強いられるビジネスで、特に卓球は個人競技で、成功するためには徹底した自己管理が必要です。でも、私がよいプレーをして、オリンピックで銅メダルを取るとか、そういう大きな大会で成功した時に、最初におめでとう連絡をくれるのが彼なのです。
 スポーツビジネスにおいて、これは極めてまれなことです。でも、彼は本当に私の成功を喜んでくれます。彼はいつもチームメートとしても友人としても彼のベストを尽くして、最高のものを与えてくれます。たとえ、彼がトップの座を失うような場合でも気にしません。本当に偉大な人物です。

--卓球について指導を受けたり、先輩として教えてくれたりということもありましたか?

DO 彼のそばにいて、一緒に練習をする機会が多かったので、そこから学ぶことはたくさんありました。彼が練習や試合でプレーするのを近くで見て多くのことを教えてもらいました。ティモは多くのことを無意識にやっていますが、なぜかそれらはうまく機能しているんです。彼がどうしてそうするのかティモ自身が分からないことでも、自然にできるのです。それが、彼が選手として非常に熟達している理由の1つだと思います。
 私たちのプレースタイルは非常に異なりますが、彼は技術的にも非常に優れていて、私が習得するのに多くの時間を要することでも数秒で身に付けることができます。
 当時、私は大会前はたくさん練習するように心がけていました。でもティモは「ディマ、もうすぐ大事な大会があるけど、今日は、練習は1回だけにしよう。君は試合のために心理的にも肉体的にもフレッシュでいた方がいい。今日は僕のことを信じてくれ」と言って、1セッションだけ練習して、少しだけランニングをしました。
 そして、それは非常にうまくいきました。私たちはよく、大きな大会前に一緒に準備をしましたが、彼の穏やかさは私を落ち着けてくれる効果がありました。

オフチャロフの成長を語る上で、ボルは欠かせない存在だ。写真は世界卓球2021ヒューストン

できるだけ長く選手生活を続けたい
未来にはワクワクしている

--選手としてのこれからの目標を聞かせてください。

DO 私は卓球をするのが大好きで、今のところ他のことをやっている自分も想像できない状況です。卓球に飽きることもありませんし、新しい目標に向かって常にものすごくエキサイトしています。目標としては世界卓球2023ダーバン(このインタビューは2023年1月に行った)、その後、パリのオリンピックがありますし、新しいチームでのプレーも楽しみにしています
 今後に関しては、できるだけ長く選手生活を続けたいと思っています。目標の中にはもちろんパリオリンピックもありますし、できることならロサンゼルスオリンピックにも出たいと思っています。
 卓球に限らず、アスリートが自分のことをちゃんとケアするようになってきていて、選手生命は伸びていると感じています。例えば、バスケットボールではレブロン・ジェームズは40歳近い今でも最も良い選手の1人です。テニスでは36歳のジョコビッチがトップレベルでプレーしています。ですから、私もまだまだ選手生活を続けていけると考えていますし、これまでの経験も役立てていけると思います。大きな大会でも今より以前の方が良かったとは思いませんし、すぐにレベルが落ちていくとも思いません。未来にはワクワクしますし、まだまだ高いレベルでプレーできると思っています。それが私の目標ですね。

--最後に、強くなりたいと思っている読者、世界の卓球人にこうしたらもっと強くなれるというアドバイスをお願いします。

DO 人によって異なる道(やり方)を見つけることが大事だと思います。練習会場に行って練習をする時に、そのモチベーションになるものも、人によって違うと思います。フットワークが好きな人もいれば、ちょっとウオームアップをして試合をやりたがる人もいます。どんなスタイルが自分に合うのか、何が自分をやる気にさせてくれるのか、何が自分を練習に向かわせてくれるのか、そうしたものを見つけることが強くなること、試合で勝てるようになることにつながるでしょう。
 例えば、自分には合っていない練習をさせられることがあると思いますが、そうするとその人は楽しめずに、卓球をやめたくなってしまうかもしれません。ですから、自分がどんなタイプかを見つけて、それに合った練習をするといいと思います。
 卓球はいろんな練習方法で世界チャンピオンにもなれるし、楽しく上達もできるのです。




 通訳を交えてのインタビューは2時間を超えた。他愛のないものから、深刻さを帯びたものまで、あらゆる質問に真摯に答えてくれたオフチャロフは「こんなに長いインタビューは初めてだよ。でも、楽しかった」と長旅の疲れを感じさせない人懐こい笑顔をバタフライのスタッフに見せてくれた。
 インタビュー全体を通して最も印象的だったのは、オフチャロフが(そして、おそらく彼の父親も)モチベーションを維持することにものすごく意識的だということだ。近年、アスリートでもビジネスパーソンでもあらゆる分野で重視されている「モチベーション(動機付け。転じて、意欲、やる気)」だが、オフチャロフの場合、彼が重んじているのはもっと平易に「楽しく卓球を続けること」と言い換えてもいいだろう。
 強くなるために「できるだけ長い練習時間を確保する」「練習の質を高める」「フィジカルを鍛える」「休養をしっかり取る」といった工夫をしている選手は少なくない。だが、強くなるために、楽しく、飽きずに取り組める方法を模索している選手は決して多くはないのではないだろうか。もちろん、オフチャロフの場合は、そうしたモチベーションの維持は彼の日常に取り込まれていて、改めて「取り組んでいる」という意識はないかもしれない。
 しかし、こうした意識が30代半ばでもなおトップレベルでプレーし続けている彼の強さに大きく貢献していると感じた。強くあるために最も重要なのはメンタルだとオフチャロフが断言するのは、このような「心構え」を彼が重視しているからでもあるのだろう。
 彼の盟友である水谷隼からも同じことを感じたが、私たちからは禁欲や節制、並外れた努力に見えるものが、「少しでも長く高いレベルで卓球を楽しみたい」という貪欲さに由来するものであるなら、彼らの日常生活に生じた多少の不自由を「犠牲」と呼ぶのは見当違いなのかもしれない。


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(まとめ=卓球レポート、取材協力=寺本能理子)

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