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わたしの練習79越仲洋子 ショートを生かした卓球を

 自分が卓球を始めたキッカケは、兄がいたからといっても過言ではありません。なぜならば、中学に入学したとき、自分は野球部に入ろうと思っていましたけど、当時、兄が野球部に入っていて、自分を入部させてくれませんでした。だから仕方なしに、卓球部にでも入るかという軽い気持ちで入ったというわけです。だから1年~1年半は遊び半分のようにしてやっていました。しかし、2年生の半ばごろから実際自分が試合に出るようになり、自己流ながらも、まじめに練習するようになりました。しかし、このころの練習は、ほとんどゲーム主体の練習でした。

 ~夜の12時ごろからランニング~

 高校は当時県では強かった佐賀工業高校に入学しました。でも入学して約1年間は、自己流の欠点を、顧問である深川先生から徹底的に直され、トレーニングも中学のときやっていなかったのと、体力がなかったのが重なって、苦しい毎日でした。帰りのバスの中はいつも睡眠の時間で、乗り過ごすこともしばしばありました。トレーニングは、ランニング、腕立て伏せ、腹筋、ダッシュ、うさぎとび、なわとび、などを毎日やっていました。
 2年になって、ますます、自分が“卓球気違い”になったのは、同僚に岩橋君という、自分には最高のライバルがいたということです。だから彼なくして、いまの自分はないと思っています。練習時間は午後3時半~7時まで、練習内容は基本練習ばかりでした。でもこれだけでは納得がいかず、また、岩橋君には負けたくないということで、毎日夜10時ごろまでやるようになり、家に帰るのが、いつも11時ごろでした。それから兄に練習相手になってもらい家でショート、バックハンド、などの練習をやりました(当時家に卓球台があった)。兄はそれからのランニング(夜の12時ごろから)4~5kmの距離をもいっしょに走ったりしてくれたり、くじけそうになったときはいつも励ましてくれました。
 2年のインターハイ、ダブルスの部で、先輩と組んで7位に入ることができ、努力すればやれないことはないと思い始めたのもこのころでした。いままでは全国大会と聞いただけで、なぜか自分の力を出しきれずに負けていました。しかしこのダブルスでランクにはいれたことは自分にとっては大きく、自信というか精神的にも成長したようでした。3年になってから練習環境に恵まれず、いつも4kmぐらい離れた盲学校の体育館を貸していただいて練習し、梅雨季の雨の日も、毎日インターハイ目ざして4kmの道を通いながらがんばりました。それが幸いしてかインターハイでは、ダブルスで岩橋君と組み3位入賞、シングルスでも14位に入ることができ、自分でもビックリしたぐらいです。

 ~台は4台、部員は50名~

 この成績から、“人はどんなに環境に恵まれなくても努力すれば、きっといつかは実を結ぶときがくる”と痛切に感じ、大学に進学して、もう一度卓球をやってみたいと思い始めました(このときすでに就職が決まっていた)。そして北原監督の熱心な卓球の話を聞いて、また恩師である深川先生の進めもあって、福岡大に入学しました。練習場での北原監督の指導は厳しく、また実力主義だったので、1年である自分たちに先輩たちが台をあけてくれることもしばしばでした。ここでも練習場には恵まれず、台は4台で、部員は50人。1日中練習をやれない人も多数います。1年のときは、慣れないのと、まだまだ技術が未熟だったので、よく負けました。しかしそのたびに反省と激しい練習が自分に課せられました。
 そのころの自分はドライブが多く、またバック側の処理もまずく、中途半端なプレーをしていました。まだ自分の卓球の型というものを、どの方向にもっていったらいいか迷っていました。そのため全日本なんかのときに有名な人のプレーを見ると、帰ってからすぐそのような真似をして練習したりしました。しかし関東、関西の選手には負けたくないという自分の信念が、見よう見真似ではいけない、自分独自の卓球をつくらなくては、とさとらせてくれました。

 ~自分の理想の卓球を求めて~

 以後自分は攻めの速さを重視し、なるたけ前~中陣で戦う。フォアはドライブを強力にし、それで押してスマッシュに結びつける。バックはバックショートからバックハンドを思いきって振るという卓球が一番理想だと思って練習しています。でも最終的にはオールラウンドプレーを目ざさなければと思っています。
 現在の規定練習内容は基礎練習が主体で、試合の1週間前になるとゲーム練習ばかりです。フットワーク、切りかえ、バックハンド、サービスレシーブ、3球目、4球目攻撃の練習を重点的にやっています。フットワークは左右1本ずつ回してもらって続けるのと、数本後にスマッシュするのを多くやる。バックハンドは特に力を入れて対ショート、対ロングをやる。サービスは中国の選手からヒントを得てあみだした“ウルトラサービス”をつかって確実に3球目で先手をとれるようにまたフォアハンド変化サービスからの3球目攻撃も多くやる(フォアハンドからのサービスのほうが自分にとっては3球目を先に攻めやすいから)。またレシーブは4球目との関連性をもたせて、バックの小さいサービスに対してフォアハンド、バックハンドで払(はら)う練習をやる。またツッツキでも、間の長いツッツキ、間の短いツッツキなどをまぜて練習しています。このツッツキが案外きいているみたいです。
 練習時間は午後3時~7時までが規定練習です。でもこれだけでは関東、関西には絶対に勝てないと思い、朝、講義があいているときに練習し、また規定練習が終わってから、午後8時~11時ごろまで練習しています。このときは、サービスからの3球目攻撃、レシーブからの4球目攻撃を主体にオールサイド練習をやります。
 その他にもドライブばかりにたよらず、スマッシュを多くすること、色々のタイプの選手と対戦したときのことを考えて、それに応じた戦い方ができるようになっておくこと、システム練習も取り入れていくことを目標に練習しています。またカット打ちも自分には忘れてはならない課題です。カット打ちができるかできないかによって、自分の調子の良し悪しがすぐわかるので、カット打ちにも、重点をおいてやっています。
 現在の自分はドライブを使い、そのドライブに変化をつけて浮いたのをスマッシュという攻め方が中心になりますが、まだまだ攻めが単調なので、今後もいろいろな攻め方を工夫し、新しいものを取り入れていくつもりです。

 ~地方選手でもやれるはずだ~

 練習時間は1日7~8時間で、週7日。日曜日は休養する場合もあります。トレーニングはランニング4~5km、腕立て伏せ、腹筋(頭の下に鉄アレイを持っての腹筋もやる)、ダンベル、エキスパンダー、鉄アレイなどを使って手首、腕力の強化(手首の強化は、“ウルトラサービス”を出す場合にすごく関係してくるので、特に力を入れてやっている)。
 以上自分の練習を書きましたけど、全日本学生で良い成績をあげられたことは、関東、関西には絶対負けたくない、ということを頭において練習したこと、中央の大学に勝てるような卓球を考えながら、練習に取り組んだことがよかったように思います。そして実際試合で勝てたとき、工夫して努力すれば勝てないということはないと思いました。そのときの嬉しさは、何物にもかえがたい尊いものでした。地方選手でもやれないことはないと、このときほど思ったことはありませんでした。だから地方の皆さんも常に工夫し努力すれば、きっといつかは目標を達せられるということを頭において練習してください。
 いまの自分には技術面、体力面、精神面のどれをとってもまだまだですが、それゆえにやりがいがあります。これからの自分の目標は、自分独自の卓球を完成することを目標にして、少しずつ目標を高めていき、常に前進し、最終的には世界選手権出場を目ざしてがんばりたいと思っています。常に研究工夫して、一にも二にも練習だと思ってがんばるつもりです。

こしなか ようこ 専大2年
右きき、前陣攻守型
’71年世界選手権代表


(1971年7月号掲載)

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