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初めての全日本取材(平成4年度大会)

 私が初めて全日本選手権大会を取材したのは平成4年度大会。この大会では斎藤清選手(教職員クラブ・当時)が2年ぶりに復活し、当時の史上最多となる8度目の優勝を果たした。そして「新旧交代ではなく、旧新交代だ。学生はまだ、社会人の小野(グランプリ・当時)対渡辺(協和発酵・当時)戦のような緊迫した試合ができない。それができるようになるには集中力が必要。自分で鍛えなくてはダメ」と日本の将来を担う若手選手たちに発奮を促すコメントを残した。黒のゲームシャツを身にまとい、優勝した瞬間に右手を高々と上げたガッツポーズが印象的だった。


 女子は、元世界チャンピオンで、この年の10月に帰化したばかりの小山ちれ選手(池田銀行・当時)が初出場で初優勝。「アジア選手権(女子シングルスで3連覇の記録は未だ破られていない)の優勝よりも、世界選手権(1987年世界ニューデリー大会)の優勝よりも今回の優勝は嬉しい」と大会を振り返った。この後、小山ちれ選手は毎年のように全日本で優勝し、6連覇を含む8度の優勝(女子シングルスの最多優勝)を記録。その第一歩を刻んだ。


 この頃の全日本選手権大会は、東京・綾瀬にある「東京武道館」で開催されていた。大会日程は12月下旬で、おおよそクリスマスの頃に佳境を迎えていた。まさに日本卓球界の1年を締めくくる大会であり、選手にとって1年の集大成といえる全日本は、「東京武道館」が手狭になりつつあり観客席や階段・廊下で人とすれ違うのもやっとという状況に加え、師走特有の慌ただしさの中で、なんともせわしない賑やかさがあった。


 余談だが、会場から当時に暮らしていたバタフライの社員寮(東京・東久留米市。現在は廃寮)に帰るのに約2時間かかっていたが、初めての全日本の取材で後半に疲れがピークに達していた私を見かねた当時の編集長に、北千住にあるご実家に泊めていただいたことも深い感謝とともに良き思い出である。(編集長)


h29aj0116.jpg「卓球レポート」1993年3月号



詳しい情報は日本卓球協会ホームページに掲載されています。
日本卓球協会:http:/www.jtta.or.jp
全日本卓球(特設サイト):http://www.japantabletennis.com/zennihon2018

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全日本選手権大会の特集は卓球レポート3月号(2月20日発売号)に掲載します。

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