世界卓球2025ドーハ(個人戦)が5月17日よりカタールのドーハで開幕を迎える。ドーハでの開催は2004年以来2度目で、個人戦が行われるのは今回が初めてだ。
卓球レポートでは、4月30日に発表された各種目の組み合わせを受けて、前日本男子ナショナルチーム監督で、現在は琉球アスティーダの監督に就任した田㔟邦史に、男子シングルスと男子ダブルス、混合ダブルスの見どころを聞いた。
ここでは、男子シングルスの優勝争いや注目選手、日本勢の展望について話を伺った。
※組み合わせはこちら(WTT)
男子シングルスは混戦必至のトーナメント
世界卓球は、オリンピックの次に大きな大会で、(個人戦は)2年に1回しか開催されません。自分の目標のために、国の威信のために戦う世界卓球は、選手たちはもちろんのこと、スタッフの意気込みや緊張感もいっそう高まる権威のある大会です。
そのステータスの高さや近年の世界の情勢を踏まえると、今回の男子シングルスは非常に面白いと思います。今回は世界卓球男子シングルスでの優勝経験者が出場しておらず、誰が優勝しても初優勝になるため、多くの選手に初優勝のチャンスがあるからです。
世界ランキング的には1位の林詩棟、2位の王楚欽(ともに中国)が抜けていて、それにふさわしい実力ではありますが、彼らはまだ世界卓球の男子シングルスで優勝経験がありません。勝ちたいという思いがプレッシャーになるでしょうし、金メダルを守らなければいけない中国のプレッシャーも重くのしかかります。加えて、以前に比べると中国とそれ以外の差が詰まってきており、対戦相手は全力で林詩棟や王楚欽に向かってくるでしょう。現に、二人は4月に行われたワールドカップでカルデラーノ(ブラジル)に敗れて優勝を逃しています。林詩棟と王楚欽にとって、ワールドカップは世界卓球へつなげるために是が非でも優勝したかった大会だったと思います。少なからず、重圧も関係した敗戦だったと思います。
こうしたことを踏まえると、林詩棟と王楚欽は優勝に限りなく近い二人ではありますが、盤石ではないということです。中国選手以外にも優勝のチャンスが十分あるでしょう。
加えて、ドローも面白い振り分けになったと感じます。
中国以外の選手が表彰台を目指す上で大きな障壁になる梁靖崑と林高遠(ともに中国)がどこに入るか注目していましたが、梁靖崑は林詩棟、林高遠は王楚欽のブロックに入りました。中国代表の5人目の薛飛もカルデラーノのブロックに入り、張本智和(トヨタ自動車)と戸上隼輔(井村屋グループ)が入るブロックは、表彰台まで中国選手と対戦しないブロックになりました。前回のダーバン大会男子シングルスでは中国がベスト4を独占しましたが、今回のドローの振り分けは目の離せない面白いドローになったと思います。
世界卓球優勝経験者がいないことに加え、ドローの妙を踏まえると、今回の男子シングルスは、その時のさまざまな状況や調子によって誰が優勝するか分からない、白熱する試合が多く見られるトーナメントになるでしょう。
張本と戸上が3回戦で対戦
勝った方がメダルに近づく
それでは、具体的にトーナメントの見どころをお話ししていきましょう。
ベスト4シードの張本は、準決勝まで中国選手と当たらないブロックに入りましたが、3回戦で戸上と当たるドローになりました。二人がここで当たるのは日本にとってとてももったいないですが、勝った方がメダルまで駆け上がる可能性は十分あります。ただし、張本は初戦で強豪の林鐘勳(韓国)と対戦します。張本にとって嫌な相手ではないと思いますが、ここをしっかり勝ち切って同士打ちを乗り越えれば、勢いもプラスされ、その後のヨルジッチ(スロベニア)、張禹珍(韓国)あるいはモーレゴード(スウェーデン)らとの対戦も非常に楽しみになります。
ドイツのブンデスリーガで力を付けている戸上にも十分チャンスはありますが、注意したいのは、2回戦での対戦が予想される郭冠宏(中華台北)。まだ16歳と若いサウスポーですが、先輩の林昀儒(中華台北)をほうふつとさせるボールタッチは非凡で、1月に行われたWTTコンテンダー マスカットでは強敵を連破して3位に入っています。ポテンシャルの高い選手ですが、まだムラがあるので、戸上は落ち着いて持ち味のパワーで押し切って次に進んでほしいですね。
張本、戸上以外では、やはりパリ五輪銀メダリストのモーレゴードが有力でしょう。最近好調の高承睿(中華台北)や張禹珍がいるブロックですが、モーレゴードが本来の力を発揮できればメダル決定まで勝ち上がってくると思います。
カルデラーノ、F.ルブランが上位を狙う
篠塚は薛飛との初戦突破なるか
篠塚大登(愛知工業大学)は、カルデラーノがベスト4シードを張るブロックに入り、1回戦で中国の薛飛と当たるドローになりました。初戦で中国選手ということだけを考えれば厳しいドローではありますが、飛び抜けて嫌な相手ではありません。薛飛は2017年の世界ジュニアイタリア大会で優勝していますが、その後は同じペンドライブ型のダン・チウ(ドイツ)やF.ルブラン(フランス)が先に台頭してきた印象があります。薛飛の経験値も考えると、篠塚にも十分にチャンスがあります。
篠塚が勝つためには、「『俺が勝ってやる』という強い心構えをしっかり持つ」こと。勝つためにしっかり準備し、仮にリードされたとしても「相手が中国だから仕方がない」とネガティブにならず、ポジティブな気持ちを切らさずプレーすれば勝つチャンスは十分にあると思いますし、ぜひ勝って日本に勢いをもたらしてほしいですね。
篠塚は、薛飛との初戦を突破し、2回戦での対戦が予想される実力者のゲラシメンコ(カザフスタン)に勝てば、3回戦でカルデラーノとの対戦が予想されます。4月のワールドカップではカルデラーノに負けていますが、ワールドカップでの敗戦を生かし、リベンジしてほしいと思います。
とはいえ、カルデラーノは、このブロックを取る有力候補です。ワールドカップで見せたプレーはすさまじく、あの勢いが続けば優勝も射程圏内です。優勝を意識せず、ワールドカップのようなプレーとメンタルを貫けるかどうかが、カルデラーノが勝ち上がる鍵になるでしょう。
また、このブロックではF.ルブランも有力です。ベンチに入って彼と対戦して実感する強さは、とにかくサービスのうまさ。長さも回転もどんなサービスを出してくるのか本当に分からないので、レシーブがどうしても遅れてしまいます。そこから裏面打法で畳み掛けられてしまうので、なかなか先手が取れません。F.ルブランのゾーンには、韓国期待の呉晙誠、兄のA.ルブラン(フランス)、安宰賢(韓国)ら力のある選手がいますが、F.ルブランが勝ち上がっていく可能性は高いでしょう。
第1シードの林詩棟は初戦を突破して流れに乗りたい
続いて、第1シードのブロックを見ていきましょう。
このブロックの本命はもちろん林詩棟です。まだ若いので粗さがありますが、バックハンドの強さと速さは飛び抜けています。その一方、バックハンドでペースを握れなかったら崩れる面もまだあります。WTTでは勝っているものの、まだ世界卓球で優勝した経験がないので馬龍や樊振東(ともに中国)の域にはもちろん達していませんが、この大会で優勝して「勝ち方」を知ることで、さらに成長する予感がします。もちろん本人もそれを狙っていると思います。
林詩棟は初戦でピッチフォード(イングランド)と当たるドローになりました。ピッチフォードは鋭い両ハンドをどんどん振ってくるので、中国選手に勝つポテンシャルがあります。林詩棟の若さを踏まえると、初戦でピッチフォードは嫌な相手だと思いますが、しっかり勝ち切って流れに乗りたいところだと思います。
ケルベリ(スウェーデン)も、このブロックの注目選手です。ワールドカップでは林詩棟とゲームオールの接戦を演じているので、今回はリベンジを狙っているでしょう。
日本の吉村真晴(SCOグループ)は、ケルベリのゾーンに入りました。初戦で若くてパワーのあるレジムスキー(ポーランド)、2回戦でグロート(デンマーク)とニュイティンク(ベルギー)の勝者に勝つと3回戦でケルベリと当たるドローです。1回戦、2回戦とも力のある欧州勢との対戦ですが、吉村の経験と力なら勝ち抜けると思いますし、しっかりケルベリまで勝ち上がって勝負してほしいですね。
林詩棟と準々決勝で当たるブロックは、梁靖崑とダン・チウが有力でしょう。ダン・チウは梁靖崑に勝ったことがありますが、ここは梁靖崑が勝ち上がっていく可能性が高いと思います。
王楚欽は勝ちたい気持ちをコントロールできるかに注目
最後に、第2シードの王楚欽がいるブロックを見ていきましょう。
ここは、フランチスカ(ドイツ)や林昀儒、林高遠、オフチャロフ(ドイツ)、ゴズィー(フランス)ら有力選手がひしめいていますが、順当に行けば勝ち抜けるのは王楚欽でしょう。
私が見る限り、王楚欽の細かな技術、戦術は最先端で、ボールの質、威力は最強です。
サービスのうまさと3球目攻撃、バックハンドの速さとコースの厳しさ、フォアハンドの威力は隙がありません。なぜ王楚欽が優勝できないのか不思議ですが、やはり最後はメンタルコントロールにあると思います。先日のワールドカップでは準決勝でカルデラーノにゲームオールジュースで敗れました。もちろん、カルデラーノのプレーが素晴らしかったことはありますが、その一方で、微妙に王楚欽のプレーが慎重になってしまったこともあります。そのため、王楚欽が優勝するには、優勝を意識せず、一戦一戦いつも通りに戦っていくことが鍵になると思いますし、王楚欽の戦い方には私も注目しています。
そのほか、3回戦での対戦が予想されるオフチャロフ対林昀儒も注目です。力が拮抗(きっこう)し、いつも激しい試合になる両者の対戦は、実現すれば3回戦注目のカードです。
日本の松平賢二(協和キリン)は、2回戦でオフチャロフと当たるゾーンに入りました。36歳で代表の座をつかんだのは本当にすごいことだと思います。本人が1番分かっているとは思いますが、先を見ずに一戦ずつしっかり戦って、上を目指してほしいと思います。
日本選手には、これまでのWTTの結果にとらわれず
常にポジティブな気持ちを持ってメダルに挑戦してほしい
2028年のロサンゼルスオリンピックの種目が新しく発表になりました。これを踏まえると、今大会の男子シングルスや男子ダブルス、混合ダブルスは、ロスにつながる第一歩になると思います。今大会でメダルを取ることができればロスに向けて大きな自信になるでしょうし、モチベーションも上がるでしょう。まだロスへの日本の選考基準は発表されていませんが、今大会からロス向けて競争が激しくなっていくと考えられます。そう考えると、日本選手たちには、ロスに向けた再スタートとして、ぜひメダルを取ってほしいと思います。
前述した通り、今回は優勝経験者がおらず、みんなが優勝を目指して同じ土俵でスタートし、みんなにチャンスがある大会です。選手たちのかける思いもWTTとは違ってくるので、当然プレーも気持ちも変わります。日本の選手たちには、今までのWTTでの勝敗をあまり参考にしないで、ベストな状態で世界卓球に臨むことを第一に考えてほしいですね。その上で、どんな場面でもポジティブな気持ちを忘れずにプレーすれば、全員が素晴らしい戦いぶりを見せてくれるでしょう。そして、多くの卓球ファンや子供たちに、大きな刺激と衝撃を与えてくれるような戦いと結果を期待したいと思います。
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(取材/まとめ=卓球レポート)




