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「卓球は血と魂だ」 第二章 一-ヘ、私は本格的選手ではなかった

第二章 どうしたら勝てるか

一 感謝はするが満足はせず

ヘ、私は本格的選手ではなかった


 私は四年連続全日本のランキング上位を維持した。個人引退後も、国体と都市対抗では山口県のため、柳井市のためにがんばり、東京、大阪、京都、名古屋、横浜、神戸等と互角以上に戦ってきた。まあ一応、戦後十年間は日本の一流選手の仲間にいた。しかし私自身は、当時も今も自分を本格的な一流選手だと思ったことはない。

 なぜか。それは私程度の努力で本物の一流になれるわけがない、と思っているからだ。たびたび書いたが、体の小さい自分が、そして練習相手に恵まれない自分がやったことは、サービスを強くするとか、フットワーク強化とか、バック強化とか、いわゆる部分品の強化であった。その部分品をつなぎ合せて田舛式卓球の戦略をつくり、相手の逆をとっていく戦法を創造したまでである。

 これで勝てたのは、実は相手が弱かったからであり、相手がバックに欠陥をもっていたからであり、フットワークが悪かったからであり、カットに弱かったからである。相手がオールラウンドで欠陥がなく、しかも迫力ある攻撃力を持っていたら、私は絶対に勝てなかったのだ。

 そこで私は云いたいことがある。日本の卓球には大きな弱点があるということだ。たしかにフォアハンドドライブの伝統があり、フットワークの伝統もある。が一面にバックサイドに弱点があり、形式主義の練習法は、その内容と目的を熟知して行わない限り、今後の世界でも制覇してはゆけない、と思っている。

 私の時代、そしてその後、幾多の名選手も出現したが、やはり最大最強の選手は藤井則和選手だった、と云えるのではあるまいか。彼は一枚ラバーのオーソドックスな戦型の選手だったから、ラバーの武器を活用できる立場にはなかった。

 その彼が出場したたった一回の世界選手権(一九五ニ年のボンベイ大会)で、シングルス準決勝で敗れ、代りに佐藤博治選手(スポンジ使用)が優勝したが、あの時の藤井はタイムテーブルの悪さで、連続試合を強制され、不慣れと疲れで不覚をとったのである。

 彼が世界大会の習慣になれれば、世界最大の選手になれたかもしれない。彼は日本伝統のフォアハンドと強烈なスマッシュ力をもっていた。その上、日本の攻撃選手にありがちな体の固さがなく、バックハンドは素晴らしい威力をもっていた。

 彼の生活の破たんさえなければ、と惜しまれてならない。と同時に、今後の日本から世界一を目指す本格的選手とは、この藤井選手を上廻る要素すなわち、強力なフォアハンド+破壊力あるスマッシュ+前・中陣で威力あるバックハンド+フットワークを兼備してほしい、と切望する。

 本格的選手とは、本格的な錬磨の中で生れてくるものだ。卓球は血と魂だ、といった名選手、今孝選手はこの境地に達していたのである。

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