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「卓球は血と魂だ」 第二章 二-ホ、団体戦は士気を高める監督

二 コーチの哲学

ホ、団体戦は士気を高める監督


 伊藤繁雄選手の例のように、一つの試合においてすら、勝敗の転機はいくつもあった。これが団体戦となると、もっともっと多くの場面に分岐点が起る。一九八一年の世界選手権ノビサド大会の男子団体戦において、日本はスウェーデンに〇-五で敗れ、英国にも敗れてあわや九位以下に転落かも、と思われた。しかもフランスに一-四と追い込まれたが、奮起一番五-四で逆転、二敗同士の勝率計算で幸運にも恵まれて第三位となった。

 その反対に、一九八三年東京大会では三日間全勝街道を驀進、予選リーグ全勝で決勝進出かと思われたのに、最後のハンガリー戦に二-五で敗れ、僅かの一敗で不運な勝率となり、準決勝に出場できず、第五位に転落した。

 多くの場合、それは実力の結果ではあるが、団体戦を指揮するリーダーは非常に冷静で忍耐強い人であると同時に、全軍の士気を奮い立たせるファイターでもあることが望まれるし、数人の指揮官の組合せも大切なのである。

 これがもっと大部隊を指揮する部隊長ともなれば、傘下のリーダーに対する思いやりと指導力、人格などが問われることになる。

 これらに関連する話を最後につけ加えることにする。

 あの大東亜戦争(第二次世界大戦)では、日本海軍内に偉大な英雄が活躍したことを知る人は意外に少ない。無謀な戦争という点については忘れてならない所ではあるが、総合戦力で敗れた日本軍の中で、有名な“ゼロ式戦闘機”を操縦し、連合軍の飛行機六十四機を撃墜し、第二次大戦の撃墜王(世界記録)となった人、それは当時二十六才の坂井三郎空曹長である。

 小柄な身体だが、ファイトのかたまり、日夜創意工夫して体力知力を練り、愛機の能力を熟知し、その能力を極限まで発揮し、空戦のあらゆる戦略を創造し、上司や部下の掌握協力にも努力した人。その熱血漢坂井さんの回想録(大空のサムライ。一二〇〇円、光人社)は涙なくして読めない本である。

 私は数年前、そのご本人から話も聞き感激したのであるが、その坂井機が六十四機目を撃墜した瞬間、同時に自分も右眼と左腕と左脚を撃たれた。日本不利の状況の中で展開されたラバウル南方ガダルカナル沖の大海空戦である。

 坂井さんは人事不省に陥り、愛機もろとも海に突入する一瞬前に、夢の中に現われたお母さんが「三郎!三郎!」と呼び起した、のだそうだ。目をさました坂井さんは一瞬の差で、海への突入から逃れた。

 しかし、目がよく見えず、傷だらけの身体と、ボロボロになった愛機をあやつって、夕闇迫る南海を、ただ一機生き残った坂井機の最後の行動が始まった。気力をなくしたらおしまいだ。その時坂井戦士の頭に浮んだものは、今日の結果を尊敬する斎藤部隊長に報告するまでは死んではならない、ということだけだった、という。

 忠実に基本を守り、海上スレスレ五十メートルを、基地ラバウルに向けて飛びはじめた。疲れと出血のため、睡くなる。眠ったらおしまいだ。ガソリンがもつかどうか、破れた愛機がもつかどうか。必死に気力をふりしぼって、超低空を飛びつづけること二時間、最後のガソリンの一滴を使い終ったその瞬間に、愛機の車輪が着地した、という。

 当時の常識からいって、まったく奇蹟としか云いようがないそうである。戦闘、操縦能力、方向感覚、気力など、完璧な戦士の行動は、片目、片腕、片足で、ボロボロの飛行機をあやつって、ここまでやれたのだ。まさに神技であるが、この神技が発揮された根源は何か。

 着地と同時に再び気絶した坂井さんが目をさましたのは粗末な病室のベッドの上であり、尊敬する部隊長の斎藤大佐が付き添っていた。「坂井、よくやった。しかし、どうやってこんな状態で帰還できたのか-」と問う部隊長に、坂井さんはつぶさに戦況を報告した。

 坂井さんが不屈の精神で戦い、重傷を負ってなお、鬼神の如く気力をふりしぼり、帰還までベストをつくしたのは、「尊敬する部隊長に報告するまでは、死んではならない!」という、軍人精神であるが、実は、上司と部下の強い信頼関係が仕上げた素晴らしい作業であった、といえよう。

 「与えられた環境の中でベストを盡(つく)す」ことが、スポーツ最高の教え、とされているが、坂井さんは現在なお、当時敵国であったアメリカ空軍戦士の尊敬までかち得ておられる。坂井さんの戦記を読むと、スポーツの選手としてもコーチとしても、そのあるべき道を、強烈な教訓を私達に与えてくれるのである。

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