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「卓球は血と魂だ」 第二章 二-ヘ、どんな選手が強くなるか

二 コーチの哲学

ヘ、どんな選手が強くなるか


 種々の形で選手強化練習会が行われることは大変よろこばしいことだ。選手にとって非常によいしげきになるだけでも間違いなくよいことだ。

 ただし、立派な道場をつくったとか、強化練習をやったとかで、選手みんなが揃って強くなり、日本が強くなる、と思うのはあまい。その行事の内容が問題であり、かんじんの選手たちが本当にやる気になって、全力をつくしたかどうか、が問題なのである。

 特にここ十年余、日本人は経済的繁栄の結果、選手にとって誘惑やらいろんな雑音が多く、一道の修業に、自己の訓練の集中が出来にくい環境になってきている。知らず知らずの間に選手たちは甘い生活環境、練習環境の中に入りこんでしまっているのであり、多くの選手や指導者たちですら、努力の目標すら低くなっている、と言えるかもしれない。

 選手にとって酒やタバコの害は言うまでもない。マージャンも問題外。その他、テレビから始まって有形無形の誘惑と戦っているのである。また訓練のやり方にしても、チームの全員が画一的にやる体練についても、本当に選手がその意義を十分に認めて、やる気をもってやっているかどうか、を見なければならぬ。

 スパルタ訓練の意義はある。だが、選手自身がわけが分からぬまま、いやいやにやっているとしたらその成果はうすい。欧州の陸上競技のあるコーチが言ったことばに「選手を苦しめながらの指導はダメ。練習は選手がよろこびをもってやらせるのが最上のコーチ…」というのがある。もちろん選手の側は別の態度が必要だが。

 十年前来日したニューヨーク・ヤンキース(野球)のある選手が、変なバッティングフォームだった。日本のある評論家がヤンキースのコーチに聞いた。「あの選手のあのフォームは、あれでよいのか」と。これに対しそのコーチは「わかっている。しかし、彼はいま当っている。やがて、彼が悩みはじめた時、私に相談にくるだろう。その時に備えて、すでに言うことを用意している」と答えたそうだ。ニューヨーク・ヤンキースには七人のコーチがいた。その七人は選手一人一人について、たびたび討論を重ね、常に研究を怠らない、ということだった。

 欧州の一流卓球コーチの一人はこう言った。「選手が一流になれば、もういろいろ言うことはない。彼の練習は彼自身がきめ、自分で自分をつくり上げていくんだ。一流はフォームも戦型も、彼独特のものだから…。」

 しかし、ある時にコーチは必要であり、兄貴のごとく、親のごとく、最高の慈愛をもって、選手の練習と生活を見守ってやらねばならない、のである。

 十年以上前になるが、アメリカのプロ野球で最優秀選手となったジョー・ディマジオ選手は、かつての恩師オドール監督を訪ね、「お蔭様で私は最高選手の栄誉を得ることが出来ました。ついてはこれから先、私はどんな注意をすべきでしょうか」と聞いた。オドール監督はしばらく考えた上、こう答えた、という。

 「君はエレベーターに乗るといくらチップを払うか」。ディマジオが、一ドルですと答えると監督は「そうか。今後は百ドル払いたまえ」と言ったという。この百ドルは何を意味するのであろうか。おそらく「これから先はもっともっと努力しなければ、超一流の地位は保てないよ」であろう、と私は理解する。

 さて、どんな選手が強くなるのか。

 一流選手は、ハングリーな精神を強く持ちつづけ、自分自身をきびしく見つめ、自発的に次への挑戦をやる人だ、と思う。

 このことはスポーツに限らず、どの様な人生にもあてはまることだ、と思うが、人間は弱いもので、そのチャレンジ精神は、時々忘れられたり、どこかで消え失せてしまい勝ちなものだ。

 日本の卓球選手で世界の頂上を極めたような人はみんなそれぞれ大変な苦しみを乗りこえ、十年あるいはそれ以上の努力を重ねてきている。しかも、自発的によろこんで困難にぶっつかり、それをのりこえてきている。

 たとえば、長谷川信彦選手は七人兄弟の末っ子。上の兄さん達はみんな優秀な人だが、彼は兄に対して劣等感をもっていたようだ。しかも体力条件もよくなかった。中学時代百メートル十八秒二でビリだった、という。

 「だから僕は人の三倍練習をやろうと決心し、事実その通りやってきた。名古屋電気高校のスパルタ訓練も、プラスだった」と述懐する。彼は人並みの練習を終えたあと、さらに自主トレーニングに励んだし、生活行動の中に、常に攻撃型卓球選手に必要な体力トレーニングをとり入れた。「オレは人の二倍、いや三倍もやった」という自信の裏づけが彼の迫力となっていた。

 ある時の中国遠征で、五万円の自己負担金をかせぐため、お母さんが夜なべ仕事をつづけてくれたのを、つらい思いでながめた。立派な両親と子の関係が基本になってもいる。

 伊藤繁雄選手についても同様だ。山口県の桜ケ丘高校卒業後、いったん社会に出て働らき、二年後の決心で専修大学へ進んだ。入学した時は誰からも見向きもされない下っぱの新入生だった。しかし彼の進学費用のため、六十才を越えて新聞配達をはじめたお母さんがいた。彼が世界チャンピオンの座を獲得した源動力は彼の心の中にいるお母さんであった。伊藤、長谷川両君が講演をたのまれると、必らず親孝行の話をして聞く人の心を打つのである。

 「親孝行の子供でなければ本当に強くはなれない」と二人は云う。親の反対を押し切って大学へ進み、努力を重ね、二度も世界チャンピオンとなった松崎キミ代選手の場合、逆に親に対して申しひらきの実績をあげなければ、という強い気持がはたらきつづけたにちがいない。

 家貧しくして孝子出ず、という言葉がある。では金持ちの子はダメだ、と思う。百パーセントとは云えないが、いわゆるハングリー精神をつくり上げていくのが一層困難となる。刻苦奮闘の環境をどうやってつくっていくか、親がつくるか、自身でつくるか。

 これも約十年前の話だが、アメリカの大富豪ロックフェラー家の孫が日本にやってきて、国際キリスト教大学に学んでいたことがわかり、朝日新聞の記者が、その学生がどんな生活をしているかに興味をもち訪問してみた。ところが小さいあばら家の小さい部屋に日本人学生と二人が同居していた。着ているものも粗末で、家財は傘と雨ぐつくらいだった。びっくりした記者は、こんどはアメリカの彼の本家をたずね、お母さんの話を聞いた。お母さんはこう云った、そうだ。

 「わが家の最大の問題は子供達をどう育てるか、です。子供がテニスをやりたいと云い出せば、家の庭に立派なコートがあるし、あした世界一のコーチを雇うことができます。子供が何を望んでもできないことはないのです。だから、この家で子供を育てればダメになります。どこでもよい。ロックフェラー家の影響の全くないところで、彼一人が、自身で友人をつくり、勉強もし、仕事もやり、何事も自身の力でやり遂げていくことをさせなければならないんです。二番目の子は日本にやり、三番目はいまアフリカで生活しています」。

 さすが、である。これが本当の金持ち、というものだろう。私たち日本人はみんなが、中途半端な、だらしのない金持ちになりつつあるのかもしれない。

 強くなる人間は親もちがうし、子もちがう。ともあれ、強い選手は教えられるのを待ったり、教えられた通りには動かない。常に自分をきびしく見つめ、いかに自分を強化するかを考え、全生活の中でそれを実行していく人である。

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