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「卓球は血と魂だ」 第二章 三 道場十五戒⑦

三 道場十五戒

そこに君の道は開かれる

 五馬力のモーターは油さえ注げば常に五馬力の力を発揮する。しかし、どんなに多く油を注いでも、六馬力にはならない。

 人間は機械ではない。心が燃えなければ動かない。心が燃えれば、五馬力の人間が六馬力にも七馬力にもなり得る。その上、さらに奮闘努力を続けることによって、もっと大きな人間になっていくことがある。

 かつて野球の長嶋茂雄選手が高校時代は大した選手とは思われなかった。立教大学に入り、当時の名監督砂押氏のきびしい指導訓練によって、大きく育っていった、と云われている。三塁手の守備においても、「月明下、涙のノック」という言葉が残されている。

 右に左に強烈なノックが長嶋を襲った。夕暮れの練習は、だんだんにボールが見えなくなったが、砂押監督のノックはつづいた。汗みどろ、泥まみれの長嶋は目を見張り、ボールを追う。やがて体力の限界を越え、気力をふりしぼってがんばる。涙も流れ出る。しかし、砂押監督も、目に涙しながらノックした、という。

 長嶋はとれない球がとれるようになり、一塁への暴投もなくなっていた。人間、練習が苦しくなれば、もうこれまで、と思って練習をやめたくなる。そこでやめたら、いつまでたっても五馬力は六馬力になれない。そこで心を燃やせる人間であるか、どうかが分れ目である。

 人間は何かの動機によって発憤する時がある。そんな時に心が燃える。人に強いられてがんばるだけでは、本物の燃焼ではない。人に叱られて燃える時もあるし、人に侮辱されて燃え上る時もある。

 また、ライバルに対して燃える時もあり、自分自身の何かに発憤してやる気になっていく時もあるものだ。心が燃えれば、人間は無限に、驚くべき力を発揮していけるものだ。問題は燃焼の質であり、より大切なことはその持続なのである。

 その燃焼の継続の中で、かくれていた自身の能力を見出し、それを拡大開発していく、と云ってよいのではなかろうか。スポーツ選手が大きく成長していくのも、こういう経過をたどる。五年、十年の燃焼の結果は大きな差となって、自分の道を開いていくものである。

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