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「卓球は血と魂だ」 第四章 二 世界一のハンガリー選手団を招く

第四章 卓球界奉仕を志して

二 世界一のハンガリー選手団を招く


 昭和五十四年(一九七九年)の世界卓球選手権大会は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の首都平壌で開催された。この大会は史上最大の立派な大会となったが、一九五〇年の朝鮮動乱以来つづく南北対立は激しく、韓国は招待されず、いろいろな政治的話題を提供したことで知られている。

 この大会の男子団体は、ヨニエル、クランパ、ゲルゲリーのハンガリーチームが大奮闘をして、予選で五-二、決勝で五-一の大差で中国を撃破し優勝した。このハンガリーチームをひょんなことから私たちタマスが日本に招待し、八月末、二週間にわたって日本各地で模範試合等の行事を開催、大阪、柳井、大分、熊谷、東京で計一万人近い観衆によろこんで頂いた。

 ハンガリー卓球協会はその一年前の六月から日本遠征を申入れていた。計四回もの交渉が日本側の都合に合致せず、かわって株式会社タマスが非公式に招待することを日本卓球協会が承認する形で実行されたのである。

 ハンガリー卓球協会は再度の手紙で日本に招待を希望する手紙を私に送ってきた。お蔭で私たちは莫大な経費を負担はしたが、二十年来の友人達を温かくお迎えし、ベルチック監督以下の世界優勝チームを、別府温泉での休養、広島での原爆回顧、古都京都見学などの日本旅行を楽しんでいただいた。

 ユーホス団長以上五人の選手団と私は、西日本旅行を共にした。車中でいつも四人がトランプに興じ、一人ゲルゲリー選手だけが部厚い本を読みふけっていた。私はベルチックに、何の本かとたずねたところ「第二次大戦の本だという」。あなた方は第二次大戦にどれほど関心があるのか、とたずねた私に対し「田舛さん、私たちハンガリーも敗戦国ですよ」という答えがかえってきた。考えてみるとハンガリーはかつては大国だった。一九八一年の世界選手権大会はユーゴのノビサドで開催されたが、そのノビサドも四十年前はハンガリーだった。ノビサドのテレビは六ヵ国語でニュースを流す。そうしないと聞きとれない人達がいるそうだ。欧州の人達は永い歴史の中で数多く戦禍に見舞われ、苦しんできた。その心の中のうずきは、私達日本人が到底のぞきえないものがあるのである。

 大阪でのハンガリー選手団は、親友西山恵之助会長ほか関西学連皆さんのお世話での夕食歓迎会に臨んだが、来賓の山本弥一郎日本卓球協会名誉副会長は四十余年前来日したサバドス、ケレン両選手の思い出を語り、現役ハンガリー選手も興味ふかく昔をなつかしんだ。

 私自身、十七才の時、サバドス、ケレンの試合を見ることが出来ず、日本卓球協会や雑誌に「結果を分析し、各地方の卓球人に親切に知らせよ」と投書したことを想い起した。

 今回、再び世界チャンピオン国となったそのハンガリーチームを、私自身が日本に招待し、その優れた技術を各地の卓球人に直接紹介することができた、歴史のめぐり会せをいたく感じたわけである。

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