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「作戦あれこれ」第1回 全日本での対仲村渠作戦

 作戦あれこれの第1回目は、初めてやるためにあれこれ迷ったが、1年の総決算であり、つい先日東京で行なわれた全日本選手権大会の中村渠功選手と私の試合をとり上げることにした。
 この試合では、私が3対0で勝ったが、'73年の9月に仙台であった全日本社会人選手権で、2対0で負けている。試合前にどのように考えて、どのように戦ったかを紹介していきたいと思う。(長谷川信彦)


全日本社会人で完敗

 いきなり今大会の作戦に入る前に、まず、わかりやすくするために、'73年の全日本社会人の試合内容から分析してみよう。
 現在もはっきり覚えている。大会2日目の第1試合だった。試合前、「中陣で相手の攻撃を止めて、仲村渠選手が合わせてきたボールをドライブでゆさぶれば勝てるだろう。それと、バックハンドを振られたときは、クロスばかりに返球するのではなく、ストレートコースへ攻めて次をドライブで攻めていく。苦戦をするかもしれないが、いつものように粘り強くやれば大丈夫だろう」と考えながらコートに向かった。
 しかし、囲碁の必勝格言に"絶対にだろう手を使うな"とあるが、たぶんこうくるだろうという簡単な考えで試合に臨んだのは甘かった。相手は、少し強引すぎると思うほど非常に積極的で、サービスから3球目やレシーブからの思い切りのいい攻撃で、今まで想像していた仲村渠選手ではなかった。毎日の精力的な猛練習を感じさせるプレーで凡ミスも少なかった。しかも、私の作戦やコースをよく考えた攻撃で、速攻と強打プラスストップでたたみかけるように前後にゆさぶってきた。私の方とすれば、しばらくトレーニングをやっていなかったこともあって、ベストの体重からはるかにオーバーしていた。その変化攻撃に攪乱され、もう完全に相手のペース。苦しくなってつなぎのドライブをフォア側にもっていくと、スマッシュをされると思うので、バック側につなぐ。そうするとピッチの速いハーフボレ―で左右にゆさぶられる。そして、とどめのスマッシュをあびる。あるいは押されて台から離れると小さくストップというように、前後左右に激しくゆさぶられることが多かった。足の動きが悪かったということもあったが、サービスから3球目攻撃と、対長谷川戦をよく考えたレシーブからのバック攻めは実にみごとだったし、完敗だった。

仲村渠選手の緻密なバック攻め作戦

①相手(長谷川)の弱点はバックハンドである。
②相手がレシーブにまわったときの作戦は、台上のボールの処理が苦手であるから、ときどき強く払うが、主に小さくストップ性レシーブをして、3球目攻撃を封じ、そのあとバックを攻める。
③相手がコートから離れて、得意のロビング態勢になったら無理に連打をしないで2バウンドするくらいのストップで前によせる。十分な体勢で打たせない。
この3つの作戦で、私の攻撃を要所要所で完全に封じられてしまった。

仲村渠選手の弱点

 しかし、私としては苦しい試合の中で、いろいろなサービス、レシーブ、コースに返球してみて弱点もわかった。
 ①ドライブに回転の変化を与えたときにミスが出ていた。
 ②相手が前陣でフォア・バックで待ち構えているときにフォア寄りのミドルに攻めたときにミスが出ていた。
 ③回転の変化が少ないロングサービスに対しては強いがフォアへのナックル性ロングサービスと、フォアミドルへ深いカットサービスを出すと平凡なレシーブで返してくる。
 ④ハーフボレ―のあと、すぐフォアでまわり込もうとするクセがある。
 ⑤コートの近くに構えているときに、高い打球点でストレートへ攻撃したとき、おくれてミスが出ていた。

相手の足を止めて攻撃した対仲村渠作戦

 11月16日、全日本の最終日。
 試合前に、仲村渠選手に対して、どのような作戦を立てたか、ノートに書いてあるまま書くことにする。
 仲村渠功選手―シェークハンド・グリップ。両面表ソフトで、スポンジは1.8ミリぐらいで柔かい。ピッチの速いハーフボレ―と、フォアスマッシュが得意だ。
 ①相手が、全日本社会人で成功したハーフボレ―でミドルとバック攻めをしてきた場合―バックにきたのをバックハンドで打ち返すときに、攻撃できないボールはドライブをかけてバックへつなぎ、攻撃チャンスを待つ。攻撃できるボールは、クロスにスマッシュする。低いボールは、ストレートへ攻めて次をフォアでまわりこんでドライブで攻めていく。ハーフボレ―でミドルにきたボールはなるべくフォアで攻めていく。
 ②中陣からドライブをかけたのをショートで止めてきた場合―早く動いて、できるだけ高い打球点で、ストレートにドライブをかけてチャンスを作り、次をクロスに攻めていく。
 ③ショートサービスを出された場合―強く払う、ツッツキを切る、切らないの3本柱を立て、ときどき、小さく止めるのも入れ、相手の3球目を封じる。そして、4球目をできるだけフォアで攻めていく。
 ④投げ上げサービスを出されたとき―1バウンドで出てくるボールは、ドライブで攻める。2バウンドの場合は、ツッツキを切る。
 ⑤サービスを持ったときには、フォアに長いナックルサービスと、ミドルに長い変化サービスと、フォア前に小さい変化サービスを主体にゆさぶり、フォアで回り込んで積極的に3球目を攻める。
 ⑥強烈なスマッシュをされるのは、1セットのうち5本か6本で、常にコートから離れるのは損。コートからできるだけ離れないで、止めたショートに対して攻めていく。
 ⑦チャンスボールは、フォアもバックもストレートを多用する。
 これらの技術的な作戦を立てたあと、最後に相手の持っている力と、自分の力を比較して、安全ながっちり型(守備主戦の意味ではない)で攻めていくべきか、危険なプレー(少々ミスが出ても積極的に攻める)でいくべきかを考えた。こちらは、全日本社会人のときよりドライブも、バックハンドも、スマッシュもよい。また、体重もベストに近い62キロで動きもいい。ハーフボレ―でゆさぶられても中陣でがっちり受けとめる自信はあるし、ハーフボレー対バックハンドの打ち合いになっても押されない自信がある。この試合は、無理なコースをついたり、無理なボールを強引に攻めなくても大丈夫だ。よしこの試合は、積極的かつ安全ながっちり型でいこうと決心した。
 試合40分前に、「腹が減っては戦ができぬ」と思い、サンドイッチを3枚、ミカンを3つ、レモンをしぼったジュースを飲んで腹ごしらえ。試合の15分前には会場の外でユニホームに少し汗をかく程度シャドウプレーをした。相手も、サービスからと、レシーブからのシャドウプレーをやっていた。そのあと、もう1度試合の心構えと作戦を読みかえして、コートに向かった。

ミドル攻撃とストレート攻撃で勝利を握る

 試合開始。前半、相手の作戦を見るために、相手の攻撃をドライブとバックハンドでゆさぶって様子を見た。相手の打球、攻めの早さに慣れるまで一進一退11-9で2本リード。相手の作戦は、試合前に立てた予想通りのミドルと、バックをついてから、左右、前後に攻める作戦で、全日本社会人とほとんどかわらない作戦であった。仲村渠選手には、ときどき思い切ってくるサービスから3球目攻撃と、レシーブ攻撃からスマッシュと、中陣からドライブをかけたのをコート上で2バウンドするうまいストップで得点された。だが、全日本社会人のときに見せた、思い切りのいいサービスからの3球目とレシーブ攻撃が少なかった。そのために、前回に比べて攻めやすかった。
 こちらは、バック攻めに対して、作戦を立てたとおりバックハンドでストレートに攻めて、バックにつないできたのをフォアでまわりこんでドライブで攻めた。フォア前にゆさぶってきたのは、フォアストレートに多く攻めた。これで相手は逆をつかれて足が止まり、そして、両ハンドで待つところを、フォアミドルにドライブで攻める―この戦法が成功した。
 また、ドライブに変化をつけたこと。小さいカットサービスに対して、強く払う、ツッツキを切る、切らないの3本柱をたてレシーブに変化をつけて3球目を封じたこと。
 コートから離れないで、中~前陣から得意のドライブで積極的に攻めたのがよかった。
 また、この日は寒い日で、ハーフボレ―が社会人のときよりもスピードが落ちていたのも幸いしたようだ。

 この試合を振り返って見て感じることは、仲村渠選手は、1セットをとられたときに、レシーブとサービスからの3球目を全日本社会人のときのように思い切り、試合のスタートに得意の投げ上げサービスを使ってリードをして、こちらのペースをくずす作戦があったら私はくるしかったし、3-0で終わることはなかったと思う。
 それと、バックハンドでフォアに攻められたときに、もっと強打をして相手に攻撃チャンスを与えない戦法があったら、もっともつれた試合になったと思う。
 仲村渠選手のサービスと、ハーフボレ―と、スマッシュはすばらしい。この試合を生かして、これからも頑張って欲しい。

筆者紹介 長谷川信彦
hase.jpg1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1975年1月号に掲載されたものです。

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