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「作戦あれこれ」第27回 ドライブマンはフットワークの強化が急務

 ●バーミンガム大会で敗れたドライブ

 今春、バーミンガムで行なわれた第34回世界選手権大会は、すでにご承知のとおり、日本の河野、高島の大活躍で男子団体2位。個人戦においては、シングルスで河野選手が見事優勝を飾り、卓球王国日本の健在を世界に示した。だが団体戦は、圧倒的な強さで男女とも中国が優勝、シングルスにはベスト4に3人入り、相変わらず"中国強し"の大会であった。
 しかし、今大会の活躍を戦型別にみると、とくに男子はこれまでとは大きく変わった。前回のカルカッタ大会の決勝は、ヨニエル(ハンガリー)対ステパンチチ(ユーゴ)、前々回は郗恩庭(中国)対ヨハンソン(スウェーデン)、その前はベンクソン(スウェーデン)対伊藤というように、ドライブ選手またはドライブとショート主戦のオールラウンドプレイヤーのいわばドライブ選手同士が優勝を争い、裏ソフトラバーを使用したドライブが10年間にわたって世界を制覇してきた。
 だが、今回の活躍した顔ぶれをみると、まったく反対の戦型が活躍した。男女団体優勝の原動力になった李振恃(リシンジ)、梁戈亮(リョウカリョウ)、黄亮(コウリョウ)。女子の張立(チョウリツ)、張徳英(チョウトクエイ)は表ソフトを使用した攻撃型と異質ラバーを使用したカットマン。男子シングルスにおいては、表ソフトを使用した河野選手が優勝。2位はドライブの郭躍華(カクヤクカ)。3位はカット主戦の梁戈亮と黄亮。期待された'75年世界チャンピオンヨニエル、2位のステパンチチはベスト16で敗れ、ベンクソン、クランパ、ゲルゲリー、シュルベクは準々決勝で敗れ、ヨーロッパのパワードライブは、表ソフトを使用した攻撃型とカットに敗れた大会だった。
 女子シングルスは、ドライブの朴英順(ポクエイジュン)がカルカッタについで2連勝したが、実力者の李エリサ(韓国)がベスト8決定で張立に敗れたために、朴英順を除いたベスト4は、2位の張立、3位の張徳英、葛新愛(カツシンアイ)は、表ソフトを使った攻撃と、カット主戦のオールラウンドプレイヤー。ベスト8に入った中にもドライブ主戦がいない。やはり女子もドライブマンが敗れたといえる大会であった。男子は表ソフトを使用した攻撃選手が優勝したのは、'65年に中国の荘則棟選手が3連勝して以来、実に12年ぶりである。
 では、10年にわたって世界を制してきたドライブマンが敗れたのはなぜか、そのことはこれから伸びようとするドライブマンにとって大事なことであるので、私から見たドライブマンの敗因と、今後どのようにしていったらよいかを述べることにしよう。

 ●フットワークの悪さが目立った

 ドライブが敗れた原因はいろいろある中で10日間にわたってみて一番強く感じたのは、なんといってもフットワークの悪さが大きく影響した。
 その例を3つあげると、たとえば男子団体決勝進出を決める日本対ハンガリー戦での高島対ヨニエル線。ヨニエルはカルカッタで高島に完勝しており、前日の中国戦でも黄亮のカットを打ち破り、ヨニエル有利と誰もが思っていた。しかし試合は、高島が変化をつけて短く送るカットに、いつものカットを打つ位置から両ハンド・ドライブをかけてミスを連続し、2-0で敗れた。ヨニエルに油断があったことは確かだが、明らかにフットワークの悪さが敗因の一戦だった。
 団体戦の大事な日本対ユーゴ戦の河野対ステパンチチの試合は好試合が期待されたが、ステパンチチのドライブ攻撃のミスが多く2ゲーム目からは河野が一方的な勝ちを収めた。これも、ステパンチチの前後の動きと左右の動きのフットワークの悪さからであった。
 それと、セクレタンを除いたヨニエル、ゲルゲリー、ベンクソン、ヨハンソンなどのヨーロッパの一流プレイヤーも日本の阿部、前原選手らもそうであったが、ドライブマン全体に共通していえることは、攻撃選手にとって非常に重要なフォアの飛びつき、フォア側からバック側へのフットワークに難があったのが致命傷になった。
 たとえば、河野対ヨーロッパ選手の試合で河野は、フォアからドライブをかけさせたのをバックサイドまたはミドルへ止める、それが終始効いてヨーロッパ選手に全勝し、シングルスで優勝した。先に攻めたドライブマンが敗れることになったが、ふつうヨハンソン、ヨニエル、郭躍華のような一流であれば、どのようなラリーで点をとられているか分かるものである。分かっていてもその戦術に対応できすに最後まで攻め切れなかったのは、フォアの飛びつきとフォアサイドからバックサイドへのフットワークに難があったからである。
 日本女子の枝野が韓国戦と朝鮮戦に歯がたたなかったのも、李エリサが張立に敗れたのも、またヨーロッパの女子がアジア勢に勝てないのもフットワークの悪さからであった。このことは、日本の中・高校生、一般の男女にも同じことがいえ、ドライブマンの不成績の原因にもなっている。
 このフォアの飛びつきと、バックサイドの回り込みは、フォアにゆさぶられてからバックを攻められるという戦術を多く使われるドライブマンにとって非常に重要なことで、もしフォアの飛びつきとバックの回り込みを軽視すると、試合でとんでもないことになる。

 ●飛びつくとき左足が上っていない

 ヨーロッパの選手も、日本の選手も似ているのは説明が一度にできて都合がいいが、いい点ではなく悪い点であるのが残念である。フォアの飛びつきの悪かった選手の動き方は次のようであった。
 動くときに足とからだが一緒ではなく、頭から突っ込むような形で動くために、からだ右半分に重心がかかったまま打ち、打ち終わった後もそのまま着地するために右足に強く力が入ったままになってしまっている。そのために球威もコントロールも落ち、またすぐに次のスタートが切れない。一旦からだを立て直してからでなければ強く蹴ることができず、スタートが大幅に遅れる。フォアの飛びつきのからだの使い方の悪さが、フォアからの攻撃を弱くしバックへの動きも悪くする原因をひきおこしていた。
 もちろんヨーロッパの選手がこのようになるのは、バックの技術を多く使うことから仕方ないかもしれないが、ドライブを使って攻める以上、正確なフォアの飛びつきを習得しなければ、世界制覇はむずかしいものである。

 ●フットワークを多く取り入れる

 ではどうしたらフォアに飛びついたときに、威力のあるドライブやフォアからバックの速い動きができるか。それはやはり、フットワークをよくするにはトレーニングとフットワークの練習をたくさんやることである。
 私がよくやった練習の中で良かったなと思う5つを紹介しよう。
 ○高校時代
 ①ランダムに動かしてもらうフットワークのときに、フォアの飛びつきを多く入れてもらい、次にミドルら辺に返してもらう。そして、このとき大きくフォアへ飛びつくときには右足を一歩出したあと、打球点に向かって左ももをできる限り高く上げ足を交差させ、からだ全体を使って打つ。着地すると同時に重心はからだの真ん中におく。そして素早くスタートを切ってミドルに動いて打つ、というように心がけて動いた。この練習からとくにフォアの飛びつきが良くなった
 ②フォアに出してもらうドライブ性ロングサービスがぎりぎり取れるバック側で深く構えた位置から、フォア側に出したもらったロングサービスに飛びつき、3球目をミドルに返してもらい、フォアハンドで回り込んで叩くフットワーク練習と、3球目をバックサイドに返してもらったのをバックハンドでつなぐ練習
 ③試合で1番良く使う、フォア前、バック前にサービスを出しツッツキでバックに返してもらったのを、バック側にドライブをかけ4球目をショートでフォアに。6球目をミドル、またはバック側に返してもらう。それをフォアハンド攻撃から回り込んで攻める。またはバックハンド攻撃をする実戦的な練習
 この3つの練習からフォアの飛びつきと、バックの動きが良くなった。
 ○大学時代からは、①、②、③の練習と
 ④打倒中国を目指し、ショートでフォア・バック1本交替に返してもらったのを、フォアハンドで打つときは必ず左足を踏み込み、バックハンドは右足を踏み込んで打つ、正確な足の運びのフォア・バックの切りかえ
 ⑤大きく早く1本交替に動かしてもらったのをフォアハンド・バックハンドで打ち返す。これによって切りかえしとバックの飛びつきが良くなった
 そのほかにも、ボールをたくさん使っての練習や、フォアサイドで構えて1回素振りした直後、バックにドライブ性ロングサービスやカットサービスを出してもらい、回り込んで攻める練習方法をやったが、考えればつきない。
 私はこのようなフットワーク練習から、フォアの飛びつき、フォア側からバックへの回り込みが良くなって高2のときのインターハイ3位入賞の大きな原動力となり、大学1年で全日本No.1になる大きな原動力となった。そして、社会人2年目にバックに飛びついてバックハンドスマッシュをほぼ身につけたが、そのおかげで、表ソフトを使用した攻撃選手には滅法強くなり、'71年北京で行なわれたアジア・アフリカ友好大会は河野選手を破り'72年の第1回アジア選手権では郗恩庭選手を決勝で破り、しかも念願だった中国を破りシングルスと団体優勝を獲得した。

 相手に攻めさせておいて攻め返す戦術で勝つ

 それと、バーミンガム大会では、フットワークの悪さからドライブ選手の戦術の幅があまりなかった。
 たとえば、団体の決勝進出をかけたハンガリーと日本の河野対ヨニエルの試合。このときのヨニエルの戦術はカルカッタ大会で使った、相手に打たせてそれを中陣から逆にドライブで攻めるという戦術がなく、変化サービスから3球目を得意のドライブ攻撃、または短く止めるレシーブをして相手にツッツかせて4球目ドライブの攻撃の戦術、あとは両ハンドのドライブで粘るという消極的な戦術しかなかった。これではドライブを止めるのがうまく、またドライブを止めたあとの攻撃に威力があった絶好調の河野を破ることはできず完敗した。
 反対にヨニエルはじめヨーロッパのドライブマンに完勝した河野は、たくさんの戦術を持っていた。中でも主に先手を取ってそのまま攻めきる早い攻撃と、相手に先に攻撃させたのを止めてから攻める。もう1つは、相手に何本も攻めさせておいて、打ちあぐんだところを攻める。という3つの戦術を多く用いていたが、少なくともこの3つの戦術がなければ試合は苦しい。しかし、ヨニエルにしてもベンクソンにしても先手を取ったときだけしか得点できない。守りから攻撃、相手に打たせてそのボールを待って攻める、という戦術がなかったのが大きな敗因だった。
 3つ以上の戦術が大切であるということはわかっていただけたと思うが、先に打たせる場合どこからでも打たせていいということではない。自分の攻撃がしやすいコースへ、また自分が少しでも打ちやすいようなコースに返させることである。
 たとえば、わたしが第2回アジア選手権のシングルスで郗恩庭(中国)と優勝争いをしたとき、郗はバック側からのドライブは強烈だが、フォア側からは威力がない。守りから攻めるときはその難点をついて、変化をつけたツッツキや深くて低いショートや鋭く回転をかけたバックハンドをフォアに返したのが成功して勝ったが、自分が少しでも攻撃に転じやすいようなコースに変化をつけて返すことが大切である。しかし、もしこのとき私に"後の先"の戦術がなかったらサービスのうまい郗に敗れていただろう。
 最近、サービスのうまい選手が増えてきたが、そのような選手と対戦した場合、守りから攻めの戦術に入らなければいけないことが多く、最低でも"先の先"と"後の先"の2つの戦術を持つことが必要である。しかし、その2つの戦術を身につけるには、常にトレーニングと激しいフットワーク練習をして、速いフットワークを身につけておかなければできない。
 ドライブ選手はフットワークの強化が急務だ。



筆者紹介 長谷川信彦
hase.jpg1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960〜70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1977年7月号に掲載されたものです。

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