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わたしの練習77井上哲夫 前陣での速い動きを主体に

 兄が卓袱台(ちゃぶだい)で遊んでいたのを見たのが、卓球を始めたキッカケです。やがてヤミつきになり、ピンポン球を手にしていなければ気がすまないほど好きになりました。

 ~中学時代はツッツキ打ち主体の練習~

 今ふりかえってみると、中学・高校と練習相手・先輩等、卓球をやる環境にたいへん恵まれていたと思います。
 中学では斉田さん、菅谷という同級生。高校では久保木先輩と飯塚(同級生)等、恵まれていました。斉田さんにはショートを、菅谷からは早い攻めを、いっしょに練習しているうちに、知らず知らず教わった感じです。
 この中学時代の良き先輩、良き同輩がいたからこそ、今のぼくの卓球があるのだと思っています。中学時代の練習内容は、ツッツキ打ちが主でした。
 高校では、久保木先輩から精神的なものを教わりました。それまでは、ただ好きだからやっているにすぎなかったが、チームワーク、責任感、根性等いろいろなものを教えていただきました。別に口に出していわれるのではなく、いっしょになって練習しているうちに身についたものでした。練習はきびしく、一年中暮れも正月も休みなしです。トレーニングもきびしく、バスケットコート二面を片足とび、両足とび、うさぎとび、アヒル(ひざを折ってかがみ、アヒルのようにして歩く)を二周ずつ。
 当然、反感が出そうですが、久保木先輩が先頭にたってやられたので、だれもなにもいえませんでした。

 ~高校時代はゲーム中心の固定した練習~

 練習方法は、基本練習としてフォア・バック(クロス・ストレート)、ツッツキ打ち、フットワークを10分ずつ計40分ぐらい。そのあとは試合練習(ゲーム)でした。今考えるとなぜあのような固定した練習しかしなかったかと不思議でなりません。この練習方法で千葉県で連続優勝していたのが、自分たちを満足させていたのだと思います。(あの当時はまず県大会優勝が目標だった)
 県の試合では、ショートとツッツキ打ちでだいたい勝てましたが、インターハイなど大きな大会に行くと、あがってしまい、自分のプレーができず毎回泣いて帰ってきました。3年になり、大学に進むことに決めましたが、インターハイなど成績が悪く不安でした。だが、全日本の県予選で野平先輩(専大→荻村商事)に運よく勝つことができ、また、全日本硬式団体戦関東代表で相川さん(関学→シャープ)、西飯さん(名商大→ニッタク)等に勝って自信を得ました。特にカットマンには全くだめでしたが、相川さん(前年全日本3位)に勝ち、大学でもやれる、という気持ちができ心がすっきりしました。この自信は大きく、ちょっとしたカットマンには負けなくなりました。
 大学は専修大学に入学しました。卓球界では伝統のある大学ですので、いろいろな面できびしいと覚悟して入学しましたが、生活面、練習面ともあまり苦にならなかった。(世界一を目標にしていたので、卓球のことで頭がいっぱいで、ほかのことを考えるヒマがなかったのか…)1年生が15人も入部したので、体育館そうじなど楽でしたが、荒くれ男ばかりで競争心が強く、争って練習したものです。休養日の前の日になるとラーメン、ナベ、電気コンロを持って道場へ上がり、道場でねてしまうありさまでした。上級生に河野、伊藤、馬淵さんがおりましたので、よく昔ばなしとか卓球のこと、生活面のことなど教えていただきました。特に河野さんには、よく練習してもらいました。毎日のトレーニングも2人で走りました。

 ~大学1年、3ヵ月間の“特訓”でカベを破る~

 1年の前半の練習は、ただ高校の練習に毛がはえたぐらいのものであったと思います。ですから成績のほうも、関東学生新人戦、アジア大会混合と運よく優勝しましたが、あとは全くだめで学生の試合を全部2回戦で負けました。このままでは平凡な選手で終わってしまうと思い、野平先輩の家へ冬休みにおじゃまして、練習方法を教わり、それを1、2、3月と3ヵ月間朝から晩まで毎日5時間同じ練習をくり返しました。内容はフットワーク。フォア、バックに1本ずつ回してもらい疲れてつまったら、フォアへとびつきクロスにスマッシュ。毎日おなじことばかりでした。フットワークですので疲れもヒドく、足の裏の皮がむけ、何度ちがう練習に切りかえようと思ったか…。トレーニングは毎日、ランニング(山の中を)30分。腹筋起きあがり100回、腕立て伏せ60回。本当にこの3ヵ月間は遊びにもいかず、自分でもよくできたと思います。
 3月に江の島で全日本の合宿があり、ぼくはトレーナーとして行くことになりました。自分の今までの成果をためすんだと、勇んで参加しました。練習してみると、自分でも思いがけないボールがよく入り、自分で驚きました。フォームがかわり、前のフォームの方が良かったという声も聞きましたが、自分でもムリと思われるボールまで入るのに、フォームの良(よ)し悪(あ)しなど全然眼中にありませんでした。(前のフォームは下から上へもっていくドライブマン的なフォームで、小さいフォーム大きいフォームの二通りあったそうです。今のはオールアタックのような横なぐりのフォーム)この合宿でようやく今までの努力が実を結んだと思うと、苦しかった3ヵ月が思いだされました。
 この合宿後すぐ東京選手権があり、自分の力をためす絶好の場ですので、一戦一戦を慎重に戦いました。(いつも練習では調子良く、試合でだめでしたので)運良く準々決勝まで進み、西飯さんと対戦しました。足がよく動き、自分でもビックリするほどの調子でした。フォアに飛びついてのスマッシュが気持ちが良いほどスムーズにでて、勝負を抜きにして楽しんだ感じです。
 この3ヵ月間の練習のおかげで、欠点であったフォアへの移動がかえって長所になった感があり、またフォアに余裕ができたので、バック側をおもいきって回り込めるようになりました。
 現在の練習は…。①早い動きをつけるため、1本目をフォアに打ってもらいフォアハンドで打ち、2本目をバックに回してもらいショートし、3本目もバックに打ってもらいこれをこんどはフォアで回り込んで打ち、ふたたびフォア側に打ってもらい、飛びついて打つ―これをくり返す方法です。全部相手のフォアへ返球するのと、全部相手のバックへ返球するのと、二通りやります。②自分の打つボールの返す所を決めている場合は、ボールの飛んでくる方向の逆方向へわざといったん動き、そこから飛びついて打つ練習。この①と②が、ぼくの練習の主体となっています。

 ~ランニングは毎日30分~

 トレーニングは毎日30分マラソン。それにウエイトトレーニング、サーキットトレーニング。トレーニングをしているときと、していないときとでは体の動きが全くちがいますので、きついけど毎日つづけております。また練習のあと、トレーニングをして汗をかくと気分がすっきりして、気持ちが良いものですから。
 目標は世界選手権で優勝することです。

いのうえ てつお 専修大4年
裏ソフトの前陣攻守型
1969年学生選手権保持者


(1970年12月号掲載)

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