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わたしの練習126橘川美紀 裏ソフト前陣攻守型をめざして!!

 ~「決勝まで行っちゃったよ」~

 私が初めてラケットを握ったのは、小学校6年生の時でした。夏休みのある日、中学校で卓球をやっていた姉について行った時のことです。練習の合間に、姉のラケットを借りて打たせてもらったことを覚えています。初めて打ったにしては、うまく打てたのが嬉しく「卓球はおもしろいなー」と思ったものです。
 綾北中学校(神奈川県)に進んだ私は、迷わず卓球部に入部しました。
 顧問の岸田先生は、卓球の面では厳しかったけれどもとても熱心な先生でした。毎日練習に出てきて、部員みんなによく声をかけてくれました。
 当時の綾北中学校卓球部は、非常に部員数が多く、男女合わせて60名ぐらいの大所帯でした。卓球台は8台で強い弱いの関係なく、全員同じように練習させていただきました。それに、練習時間は、4時~6時30分までの2時間半ぐらいでしたので、いま思えば決して猛練習といった感じではありませんでした。
 練習内容は、①フォア打ち ②ショート ③ツッツキ ④ツッツキ打ち(ドライブ) ⑤フットワーク(前後、左右、とびつき)...といった程度でした。
 ところが、思いがけない出来事が起きたのです。3年生の時、全国中学校大会の団体戦で準優勝することができたのです。まさか決勝まで勝ち進むとは思っていなかったので、みんな「決勝まで行っちゃったよ」という感じでした。決勝戦で波崎三中に負けた時も、悔しいというより、「2位になってよかったね」といってみんなで喜び合ったものです。
 しかし、私自身、月日が経つにつれて、悔しさがつのったのは言うまでもありません。まして、私が2番で布施さん(京浜女子商高→専大)に負けなければ、3-0で勝てる試合だったのですからなおさらです。チームのみんなに本当に申しわけないという気持ちでいっぱいでした。

 ~貴重な体験、寮生活~

 京浜女子商高では、近藤先生の指導のもと、全国制覇をめざして取り組みました。
 近藤先生は、各人の個性が生かせるよう、部員一人一人に合った課題を与えて指導してくださいました。私には意外とショートが使えるということで、「ショートを生かした前陣でのプレーをするように」アドバイスしていただき、多球練習によるプッシュの練習に力を入れました。
 技術面だけでなく、「感謝の気持ちを忘れないこと」「あいさつをしっかりすること」など、礼儀作法についてはとても厳しく指導していただきました。また、寮生活でしたので、親のありがたみを身をもって感じました。
 いま振り返ってみると、京浜での3年間は、本当に貴重な体験だったと言えます。
 ふだんの練習時間は、午後4時~8時30分までが規定練習で、夜の9時、10時まで練習する日もたびたびありました。そうした成果が出て、2年生の後半から3年生にかけては最高でした。団体で優勝したのをきっかけに、全日本ジュニア、全国高校選抜大会に優勝。インターハイでも、シングルスで星野さん(前橋東高→青学大)に敗れて3位になったほかは、団体、ダブルスで優勝することができました。これも、近藤先生はじめ、細矢先輩(専大)、広川先輩(中大)たちのおかげだと感謝しています。

 ~お墓の小石をお守りに~

 名古屋インターハイは、近藤先生が名電工高(現、愛工大名電高)出身ですし、思い出の土地です。「先生のためにも、なにがなんでもがんばろう」と、みんなで誓い合って、全員一体となって練習に励みました。
 大会前に、後藤鉀二先生のお墓参りをして、お墓の小石を持ち帰り、ラケットケースにその小石を入れて試合に臨んだのを覚えています。その結果、15年ぶり2度目の優勝を勝ちとることができたのです。
 インターハイ前に力を入れた練習は、
①サービス+3~5球目攻撃
②レシーブ+4~6球目攻撃
③ドライブ処理
④カット打ち(ドライブで何本もノーミスで粘る)
⑤ツッツキ打ち(カウントをとりながら)
⑥ゲーム(攻撃対攻撃では、5球目までに決めなければ失点。カットに対しては7球目までに決めないと失点。1ゲーム目は全部自分のサービス、2ゲーム目は全部レシーブ)
...などでした。

 ~選考リーグの成果~

 大学に入ってからは、二上部長、水村先生、西村監督にご指導いただき、大変恵まれた環境の中で毎日練習に励んでおります。
 高校までは、どうしても"やらされている"といった感じがありましたが、大学では、あくまで自分との戦いです。これからは、自分のよさを見つけ出し、自ら積極的に取り組んでいかなければなりません。
 エーテボリ大会をめざした昨年の全日本選手権では、ランク決定で幸野さん(日産自動車)にゲームオールの末に敗れましたが、候補選手として選考リーグに加えていただき、幸い、日本代表になることができました。
 といっても、正直のところ、選考リーグが始まった当初は、世界選手権に出たいとは思っていませんでした。たとえ日本代表になっても、現状の力では勝てないと思っていたからです。選考リーグにも参加したくない心境でした。
 しかし、選考リーグが進むにつれて、「負けられない」という気持ちが強くなってきたのです。幸野さんを除けば、森さん(大正大)と私のほかは年下の高校生であったからです。私は必死で戦いました。
 確かに苦しい合宿でしたが、徐々に調子もよくなり、4次合宿頃からいくらか自信めいたものを感じるようになりました。そして幸運にも日本代表に選ばれることができたのです。そして、その後の東京選手権で優勝できたのも、選考リーグの成果だと思っています。あれだけ厳しい試合をやったんだ、ということが、精神的な大きな支えでした。もし、全日本の成績がよくて、すんなり4人の日本代表の中に入っていたら、おそらく東京選手権でも優勝できなかったのではないでしょうか。
 そういった意味では、あの選考リーグは忘れられません。やはり、スポーツは、自分をぎりぎりの限界まで追いつめて、それに向かっていってこそ、いい結果が出るものだということを改めて知りました。

 ~エーテボリ大会の経験を生かして~

 世界・エーテボリ大会では、思う存分自分の力を発揮することはできませんでしたが、またとない貴重な体験を得ることができました。
 それまで卓球レポートなどでしか見たことのないような外国の選手たちのプレーを、数多く見ることができました。実際にボールを打ち合う機会は少なかったけれども、身近で見ただけでずいぶん自分のものになった気がします。
 私のめざす卓球は、裏ソフトの前陣攻守型です。もっとサービスを研究し、より速く攻められるようにしたいと思います。
 現在、重点をおいている練習は、
①バックロング 多球練習で連続的にボールを送ってもらい、プッシュとバックロング強打の使いわけ
②フォア・バックの切り替え
③サービス・レシーブ
④フットワーク
...などです。
 今後の課題としては、まず体力をつけること。そして㋑ボールのスピードをつける ㋺打球タイミングをより速くする ㋩チャンスを逃さず、積極的に攻める...ように気をつけています。
 また、攻めるだけでなく、外国選手たちのように"守り"をもっと高めたいと思っています。いままでは、相手に先に攻められると守れないから、どうしても無理して打ってしまう面がありました。これからは、相手に打たれても、逆に振り回せるような"打たれ強い"選手になりたいと思っています。
 今回の世界大会の経験を決してムダにすることなく、意識を高くもって、次の世界選手権めざしてがんばっていきたいと思います。

きつかわみき
京浜女子商高→富士短大2年。
右、ペン、裏ソフト前陣攻撃型。バックプッシュを生かした速攻でインターハイ単3位。以後、着実に力をつけ、'84年全日本複優勝。'85年東京選手権単優勝。'85年世界大会日本代表


(1985年9月号掲載)

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