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【特別寄稿】 橋津文彦 戸上隼輔について(前編) 「高1のインターハイで全日本を取れると直感した」

 2022年全日本卓球選手権大会男子シングルスは戸上隼輔(明治大)が制した。それは、野田学園高校卓球部監督の橋津文彦氏にとって、2012年の吉村真晴(当時 野田学園高/現在 愛知ダイハツ)以来、二人目となる教え子が日本一に輝いた瞬間でもあった。
 戸上の才能を見いだし、その疾走感あふれるプレーの礎をともに築き上げてきた恩師は、愛弟子の勇姿に何を思ったのか。
 橋津氏が卓球レポートに寄せてくれた戸上への思いやエピソードの数々から、新王者誕生のサイドストーリーを知ってほしい。


教え子たちの勇姿を目前に、無念の山口への帰郷
 昨年(2021年)の全日本卓球選手権大会(以下、全日本)に続き、今年も男子シングルスの最終日はテレビ放送で観戦することになりました。 
 最終日には隼輔(戸上隼輔)と真晴(吉村真晴)が勝ち残っており、本来であれば、教え子の晴れ舞台を会場で応援したい気持ちでいっぱいでした。しかし、私たちは全日程を終えていたので、新型コロナウイルス感染症対策のルールにより、会場に入ることができません。
 とはいうものの、隼輔と真晴の決勝になったことを想像すると、「教え子同士の決勝という晴れ舞台を、会場で自分の目でしっかり見届けなければ一生後悔するのではないか」という焦燥感にも似た思いに駆られ、なんとか会場にとどまれる方法はないものか思案しました。しかし、ジュニア選手を指導する立場の私が自分勝手な願望のためにルールを破るわけにはいきません。後ろ髪を思い切り引かれながらも、最終日を待たずに山口へ戻りました。

 テレビ観戦になった最終日の男子シングルス準決勝には、充実のプレーを続けていた隼輔はもちろんですが、昨年は新型コロナウイルスへの感染や不測のけがで苦しいシーズンを過ごしていた真晴も、初戦から気合十分のプレーで勝ち上がってきていました。
 あと少しで教え子同士の決勝戦が実現する。そうなったら私は昼間から大好きなビールを飲みながら観戦しよう。そう思っていましたが、真晴が準決勝で松平選手(松平健太/ファースト)に敗れ、惜しくも夢はかないませんでした。
 決勝戦が教え子同士ではなくなったことでビールどころではなくなり、テレビで見ている私も隼輔のベンチに座っているような気持になって、少し肩に力が入りながら応援をしていました。

隼輔を初めて見た時から、大きく育てようと決意
 思い起こせば、隼輔は中学2年生の時に野田学園へ転校してきました。それまでの隼輔は全国大会での優勝経験はなく、この世代の筆頭は宇田選手(宇田幸矢/明治大)でした。隼輔が転校してきて初めてベンチに入った全日本カデットでも、決勝で宇田選手に逆転負けし、本当に悔しい思いをしました。
 隼輔の本当の気持ちを聞いたことはありませんが、私自身は常に宇田選手をライバル視し、彼の背中を意識しながら隼輔の指導にあたっていました。
 隼輔が転校してきたのは中学2年生の時ですが、彼が初めて野田学園へ練習に来たのは中学1年生の夏でした。初めて見た時から、フォアハンドの威力と素早いフットワーク、それから台上のストップ技術の質の高さに才能を感じました。
 しかし、バックハンドは今のような鋭さは全くなく、いったんブロックしてすぐに台から下がり、フィッシュでしのいで得意のフォアハンドに結び付けるというような苦しい展開ばかりでした。そんな現代卓球から少し遠い隼輔のプレーを見て、逆に伸びしろの大きさを強く感じていました。そして、転校してきた後は「時間がかかっても大きく育てなければ意味がない」と強く思い、指導にあたりました。

 実際に、隼輔が今のような鋭いバックハンドの片鱗を見せるようになるまでには、1年くらいの時間がかかったように思います。
 選手の技の習熟度合いは個人差があり、1つの技術をすぐにマスターしてしまう選手もいますが、隼輔はそうではなく時間がかかるタイプで、私も悪戦苦闘しました。それでも、実戦でひるまずにバックハンドを振っていく隼輔の実行力がうまく作用し、今の彼の超攻撃的な卓球スタイルを確立していきました。

戸上が高校1年生時の郡山インターハイで、その才能に確信を深めたという橋津氏


超マイペースで、周囲に流されない芯の強さが隼輔にはある
 隼輔の性格は、超マイペースです。周囲に影響されない芯の強さと、どんなことにも臆することのない度胸を隼輔からは感じていました。
 加えて、私が隼輔のベンチに座っていつも感じていたのは、「自分を信じる才能」です。
 自分を信じるためには、根拠がなくては信じることができません。納得がいくまでの練習量と努力が絶対条件です。隼輔の練習は、彼の性格の通り本当にマイペースで、本人が納得するまで終わりませんでした。だからこそ、自分を信じる才能を培えたのだと思います。

 自分を信じる才能に加え、「ゾーンに入る」ことも隼輔の大きな強みだと思います。
 ゾーンとは、いわゆるスポーツ選手特有の無双状態ですが、このゾーンに入る試合を隼輔には何度も見せられました。あとから本人に聞くと、対戦相手以外には何も見えなくなり、観客の応援や会場の音さえも聞こえなくなるそうです。
 隼輔が高校1年生の時のインターハイをともに戦っていく最中に、そうした状態をベンチで何度も見せられながら、「隼輔は全日本チャンピオンになり、日本を代表して世界で戦える選手になれる」と私は直感していました。

 隼輔のプレースタイルは、誰が見ても分かるほどリスキーで超攻撃的ですが、実は「スランプのない選手」だというのが長年彼を見てきた私の分析です。トップ選手にスランプはつきものですが、隼輔の場合はスランプがないことも強みになっていると思います。前のめりになりすぎて凡ミスが続くこともありますが、それを補って余りある得点能力の高さと、果敢な攻めを支える強い精神面(自分を信じる才能)がスランプの波を小さくしているのでしょう。
 こうした数々の隼輔の才能に触れるうち、私自身の中で自然とリスペクトの念がわいて情熱があふれ、「必ず隼輔と全日本のタイトルを取りたい」と強くイメージするようになりました。(中編に続く)

野田学園チャレンジマッチでの一コマ。橋津氏が「物怖じしない」という積極性で、大先輩たちを後ろに回し、一発ギャグを披露する戸上

(まとめ=卓球レポート)

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