世界チャンピオン、河野満。長い間「優勝候補」とささやかれながらも、世界はおろか、全日本でも優勝を逃し続けてきた河野。そんな苦難の時を乗り越え、30歳にしてついに世界の頂点に立った。
ただ黙々と努力を重ね、己の限界に挑戦し続けた、河野満の足跡を追う。【前回の記事を読む】【第1回から読む】
※この記事は月刊卓球レポート2001年3月号を再編したものです
反抗
表ソフトラバーに転向した河野は、それまで以上に練習に打ち込んだ。フットワーク練習、そしてサービスとレシーブの練習。相川先生のアドバイスを受けながら、必死で練習した。
しかし、1年生が台について練習できる時間はわずか。ほとんどの時間は上級生の球拾いをしなければならない。河野はそれがとても不満だった。もっと練習がしたい。
ある日、ついに河野は上級生に詰め寄った。
「球拾いばかりじゃ強くなれません。もっと台を使わせてください」
しかし、返ってきたのは、頭ごなしの怒鳴り声だった。
「生意気を言うな! 球拾いも練習のうちだ」
この言葉に、河野はカチンときた。台を使いたいというのを、どうして怒鳴られなければいけないのだろう。なんとかして練習する方法はないかと考えた。
そして、出した結論は、早朝練習をすること。同級生と二人で示し合わせ、授業が始まるまでの朝の時間で練習をした。こうして河野は表ソフトラバーにもなじんでいき、着々と実力を培っていったのである。
卓球で借りを返す!
さて、早朝練習を続け、力をつけていった河野は、「そろそろ借りを返すときだ」と考えた。卓球台が曲がっていると殴った先輩、床が汚れていると殴った先輩、そういう上級生たちに復讐(ふくしゅう)するときが来たのだ。
と言っても、殴り返そうというのではない。自分は卓球選手なのだから、殴られた借りは、卓球で返せばいい。
こう考えた河野は、次々と上級生たちに試合を申し込んでいった。自分を殴った相手と試合をして、卓球で勝つ。負けん気が強い河野は、こうして次々と借りを返した。
やがて河野は、上級生からも一目置かれる存在になっていった。
恩
上り調子の河野をさらにステップアップさせてくれたのは、OBたちだった。青森商高卓球部は卒業生とのきずなが深く、毎日のように4~5人のOBが練習場を訪れていた。
河野もよく試合をしてもらい、その中からいろいろなことを学んだ。フォアハンドの基本から、戦術的なことまで、学ぶことはたくさんあった。河野の卓球はOBの指導によって、より一層発展したのだった。
何人かのOBたちは、技術指導だけでなく、経済的援助もしてくれた。私財を投げ打ってまで、母校の卓球部の発展に尽してくれたOBさえもいた。
成長
OBの指導のおかげもあってか、青森商高のメンバーはめきめきと力をつけ、インターハイでは団体戦優勝を飾った。河野が高校2年生のときである。河野の役割はシングルス1番とダブルスの両方だった。
準決勝の東山高戦、河野は馬淵と対戦した。以前の遠征試合で、こてんぱんにやられた相手である。しかし、河野に恐れはなかった。今の自分は、あのときとは違う。練習量に裏打ちされた自信があった。
ストレートで馬淵を下した河野は、決勝の名電工高戦でも活躍。終わってみれば、単複ともに全勝、青森商高のインターハイ優勝に大きく貢献した。
さらに河野は、この年の全日本選手権大会でジュニアの部2位という成績を収めた。こうした成果が認められ、河野は全国高校選抜強化合宿のメンバーに選ばれた。この合宿が、河野の卓球に大きな影響を与えることになるのである。
バックハンド
全国高校選抜強化合宿。参加している選手はそうそうたるメンバーだったが、指導陣はもっとすごかった。技術指導を担当するのは、なんと世界チャンピオンの荻村伊智朗。河野はドキドキしながら合宿に臨んだ。
「ランニングだ!」
の声とともに、合宿は始まった。10キロのランニングの後には、百メートルダッシュが30本。選手たちはへとへとになったが、休む間もなく台について練習。このとき、ショートでブロックの練習をしていた河野に、荻村は言った。
「お前は、もっとバックハンドを振っていけ」
河野がバックハンド攻撃を覚えたのは、これがきっかけである。後に世界を取った河野のプレーは、フットワークを使ったフォアハンドの連続攻撃と、ペンホルダー選手には珍しい強烈なバックハンド攻撃が武器。バックハンドとの出合いは、河野のプレーを大きく広げた。
「おい木村、河野がバックハンドやるから、お前はドライブを打ち込んでやれ」
荻村から木村と呼ばれたのは、全日本チャンピオンの木村興治である。全日本チャンピオンは河野の相手をして、1時間もドライブを打ち込み続けてくれた。
そこまでされては、どうしたってバックハンドをものにしなければならない。合宿から帰った後も、河野はバックハンドの練習を取り入れた。自分のプレーがどんどん発展していくのがとても楽しかった。(次回へ続く)
Profile 河野満 こうのみつる
1946年9月13日生まれ。青森県十和田市出身。ペンホルダー表ソフト前陣速攻型。
1967年から1977年まで日本代表として世界卓球選手権大会に出場。
1975〜1977年全日本卓球選手権大会男子シングルス優勝。
1977年世界卓球選手権バーミンガム大会男子シングルス優勝。




