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三十六計と卓球 ~第八計 暗渡陳倉~

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「日本の友人と世界の卓球界に『三十六計と卓球』を捧げる」 荘則棟

第八計 暗渡陳倉 (裏からこっそり陳倉へ渡る)

正面を故意に敵に見せかけ、自分の行動により敵を引きつけておき、裏ではこっそり迂回し、敵に奇襲をかけ勝利を得る戦法。

 古代戦術の例

36kei-08-01.jpg 紀元前206年、楚国と漢国の争い中、項羽は自ら諸侯のの首領と称し、劉邦に漢中駐屯を命じた。
 劉邦は南の漢中へ赴く際、項羽の部下である雍王の章邯(しょうかん)が侵略するのを防ぎ、また項羽の警戒心を和らげることを狙いとして、桟道(古代に木材を用いて山中の断崖絶壁に作った道)を通り過ぎると、その桟道を焼き、表向きには二度と漢中には戻らないことを意思表示した。しかし彼は心の中で必ず漢中に戻り、漢中を治めることを決めていた。
 同じ年に劉邦の大将である韓信は、斉王と趙国などが項羽に反旗していることを利用し、東に派兵することを決めた。そこで表向きには一部の兵を桟道の修復にあたらせ、いかにももとに来た桟道から進軍するように見せかけた。
 章邯は劉邦が東に派兵して漢中に進軍することを聞き、急きょ桟道の出口周辺に大軍を移動し守りを固めた。
 しかし韓信は桟道を通らず、こっそり山道を迂回して陳倉(現在の陝西省宝鶏市東)に入り、奇襲攻撃をかけ、いっきょに章邯を破り、続いて三秦(秦王朝を倒した後、項羽は旧秦朝の国土を三分割したことを言う)も平定した。

卓球における応用例

 1959 年末、私は中国卓球Bチームの一員として、ヨーロッパへ遠征した。
 スカンジナピアでの国際試合(現在のスウェーデンオープン)で、Bチームはヨーロッパ選手を一掃し、男子団体に優勝し、そして幸運にもシングルスのチャンピオンになり、二重の喜びであった。
 指導者達は、若い選手がヨーロッパの難闘を突破したことを大変喜び、且つ重要視した。
 第26回世界卓球選手権大会の前に、私は光栄にも中国チームの団体戦のメンバーに抜擢され、しかもヨーロッパ選手との対戦を目的とする旨を指導者から言われた。
 私の脳裏には、喜びと心配が同時に存在した。
 喜びとは指導者達がこれほどまでに自分を信頼してくれ、国を代表して世界卓球選手権大会に参加するのは光栄の至りである。
 心配とは私のような若造の肩で、国事という重い荷物が背負いきれるのか。私より優秀な選手が団体戦のメンバーに入っていないのだ、ということだった。
 私はこのような心境の中で、連日猛練習を重ねた。
 実を言うと、ヨーロッパから帰国後に私は二つの準備をした。
 一つはヨーロッパ選手の難闘を突破するための、カット攻略法の技を磨くことであった。
 しかしこの難闘を突破した後、万一日本選手との対戦を命じられた時、私はどのような技術、方法で対戦すれば良いのか。
 私の任務はヨーロッパ選手との対戦が主であるが、中国チームにとってヨーロッパの難闘を突破すれば、残るは強敵日本である。早めに準備しておかないと、土壇場で日本選手との対戦を命じられた時、慌てるのは自分である。「君に頼んだぞ!」の一言は口で言うと5秒とかからないが、日本選手を攻略する技術は五千秒、五万秒あっても間に合わない。
 そこで私は古参選手に日本チームが最も得意とする打法を教えてもらい、日本選手攻略用の「ショートサービス、フォアとパックからのスマッシュ、前陣で遠き(台から離れている)を打つ、スピードで癖球を制する」という一連の戦術を思案し、だれにも公開せず、裏で黙々と練習に練習を重ねた。
 抱負を有するスポーツマンは、志を胸に納め、口には出さないものだ。ぺらぺらとしゃべると反感を買い軽蔑される。
 私は表向きではヨーロッパ選手攻略の技術を磨き、裏では日本選手攻略技術の錬磨に汗を流した。
 今でも当時のことを懐かしく思い出すが、錬磨した日本選手攻略法が幸運にも的中し成功した。
 中国チームも私も日本チームに勝ったのである。

感想

1.事業を行なうにあたり、まず想像力を必要とする。上下、左右、四方八方、縦横に思慮を巡らせ、需要を発見し、情勢の成り行きを十分認識し、情勢に基づき対策を決定するすることが極めて重要である。
2.敵を惑わすための偽の現象を作り出すことができなければ、真の行動を実行することはできない。
3.素晴らしく高等な計略があったとしても、錬磨された重厚な実力がなければ、力攻ばず無駄に終わる。
4. 計略が生まれるのは一種の連鎖反応である。正面からの援護がなければ、奇襲は成功しない。また奇襲のような方法で敵をかく乱しなければ、敵は整然として乱れがなく、なかなか勝てない。
5.大きな事業を行なう人は、大物の風格が必要である。根も葉もない風説、うわさなどに対し分析を行ない、外界のいかなる論評(褒めたり、けなしたり)に対し、極度な冷静、温和、教養でおうじなければならない。
(翻訳=佐々木紘)
筆者紹介 荘則棟
chuan_s.jpg1940年8月25日生まれ。
1961-65年世界選手権男子シングルス、男子団体に3回連続優勝。65年は男子ダブルスも制し三冠王。1964-66年3年連続中国チャンピオン。
「右ペン表ソフトラバー攻撃型。前陣で機関銃のような両ハンドスマッシュを連発するプレーは、世界卓球史上これまで類をみない。
1961年の世界選手権北京大会で初めて荘則棟氏を見た。そのすさまじいまでの両ハンドの前陣速攻もさることながら、世界選手権初出場らしからぬ堂々とした王者の風格は立派であり、思わず的ながら畏敬の念をおぼえたものだ。
1987年に日本人の敦子夫人と結婚。現在卓球を通じての日中友好と、『蘭と創』などの著書を通じて、卓球理論の確立に力を注いでいる」(渋谷五郎)
本稿は卓球レポート1992年11月号に掲載されたものです。
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