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三十六計と卓球 〜第九計 隔岸観火〜

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「日本の友人と世界の卓球界に『三十六計と卓球』を捧げる」 荘則棟

第九計 隔岸観火 (川を隔てて対岸の火事を見る)

敵の内部で矛盾が激化し、互いに殺し合いをしている時、山の上に座って虎の争いを見るが如く、敵軍内部の白熱化した戦 いの行方を見極め、両者が共に傷を負うのを静かに待ち、最終的に自分が利益を得る計略である。

 古代戦術の例

36kei-09-01.jpg 三国時代 (紀元220〜265年)袁尚(えんしょう)と袁熙(えんき)は曹操との一戦に敗れ、数千名の残兵を率い遼東へ逃げ、公孫康に投降した。
 一方、遼東の太守である公孫康は、自国が地理的に曹操の国と遠く離れているため、長い間曹操には服従しなかった。
 曹操が烏丸を撃破した時、部下は曹操に対して「勝ちに乗じ、遼東の公孫康の国まで遠征し、袁兄弟を捕らえるべきです」と提案した。
 曹操はこれを聞き大声で笑いながら「公孫康は袁兄弟の首を切り、その首を吾のところに持って来る。したがってわざわざ遠征する必要はない」と言った。
 数日後、公孫康は袁兄弟の首を曹操のところに持参したのである。
 将兵たちは曹操の正確な読みに大変驚き、曹操に胸中を尋ねた。
 曹操は「公孫康は常に、袁尚と袁熙が自分の国を併呑(乗っ取ること)するのではないかと心配していた。そこに袁兄弟が投降したのである。公孫康は必ず二人を疑う。もしあの時点で我らが強硬に攻めれば公孫康と袁尚、袁熙が力を合わせ、我が軍に立ち向かったであろう。しかし強硬に攻めなかったため(手を緩めたため)彼らは逆に分裂従いに殺し合ったのである」と答えた。

卓球における応用例

 中国卓球チームは弱者から強者に転じて20数年来、国のために栄誉を守り続けてきたが、その秘訣の一つは世界卓球選手権大会や主な国際試合の全てに対し、強いチームの技術動向を敏感にとらえ、各種打法や各国の名選手を細かく分析・研究し、データ・統計及び技術ファイルを作成した。
 したがって胸中には常に成算があり、相手を知り己を知ることができ、自分の未来像を正確に描き出すことができた。
 また世界卓球技術の発展動向に基づき、世界の流れに後れを取らない、あるいは世界をリードする訓練方向や方法を制定することができたからである。
 1960年の夏、すなわち第26回世界卓球選手権大会が中国で開催される前の年、ヨーロッパ連合『チームは日本を訪問したが、人々の予測に反し惨敗に終わった。
 私たちは新聞報道に注目し、日本チームが大差でヨーロッパ連合チームを破ったことは、日本チームが新しい技術を開発したに違いないと推測した。
 当時、中国チームには隔岸観火(川を隔てて対岸の火事を見る......会場で両者の試合を観戦する)の条件すらないので、やむなく在日華僑に依頼し、大金を払い日本の卓球関係資料を大量に買い付け、分析した。資料の中から日本チームはループドライブの開発に成功したことを知った。
 早速ループドライブ対策の模擬訓練が始まった。
 第26田世界卓球選手権大会が開催される直前、日本チームは香港を訪問した。
 私たちは早速香港へ人を派遣し、試合を観戦した。
 その結果、私たちの判断が正しかったことが立証され、ますますループドライブ対策に自信を持った。
 第26田世界卓球選手権大会男子団体戦、中国対日本の決勝戦が始まった。
 中国チームは事前に正確に目標を分析し、十分な準備をしていたため、試合に成算があり、5対3で日本チームを破り、中国チームは初の世界男子団体戦チャンピオンの座についたのである。
 試合前・試合中の「隔岸観火」とは、名選手の試合を細かく観察し、技術を学び利害関係を分析し、隙を見つけることであり、けっして「自分とは無関係だ」で片付けられる事柄ではない。
 訓練計画・試合戦術の立案も、外界強敵を目標としてこそ、「的」をめがけて矢を放つことができるのである。
 さもないと、部屋に閉じこもって車を造るのと同じく盲目的となる。

感想

[1]負けない立場に自分の身を置くことは、相手選手を詳細に解剖分析し、自分との長短を比較分析することである。
 これによって練り上げられた対策こそ、優勢をもって弱を制し、試合をリードすることができる。
[2]お祭り気分で試合を見るのではなく、実力があり潜在力を持ち、大きく成長した選手を観察する。
 相手の行動を注意深く観察し、自分の訓練計画と試合中での対策を、再度チェック調整する。
[3] 相手の訓練と試合を観戦した時、往々にして次の5種類の傾向が見られるが、自分で自分を把握することが肝要である。
①相手の士気を助長し、自分の威風を減弱し、相手の技に慌えるのは弱者の心構えである。
②利害損得を分析せず、お祭り気分での観戦では、相手の技を見抜くことはできない。相手の長所を学び自分を強くすることのできない者、相手の短所を見抜き自分の反省の糧とすることができない者は、
愚か者が芝居を見ているのと同じで、何ら役に立たない。
③十分観察した結果、相手を自分の掌の如く熟知できれば、相手の長所を殺し、相手の短所を攻める戦術が立てられ、これこそが知者の眼力であり、志を大きく抱いた有望な選手である。
④目的を持って物事を観察しなければならない。名選手の試合を見るのみならず、一般レベルの試合も見る必要がある。後者からはどのような技術がさらにレベルアップができ、またどのようにすればレベルアップできるかがわかる。前者からは価値ある技術、方法及び芸術的処理を学ぶことができる。すなわち両者から技法を学ぶことができるのである。歴史の恩恵は常に考える人が受け「天は勤勉な人に報酬を与える」のである。
⑤シングルスの試合中に、次の試合、でだれと対戦すれば自分に有利かなどを考えていると、心気が乱れ精神統一ができず、当面の試合には不利である。これは船がまだ大海に出ていないのに、小さな川で
転覆するに等しい。
(翻訳=佐々木紘)
筆者紹介 荘則棟
chuan_s.jpg1940年8月25日生まれ。
1961-65年世界選手権男子シングルス、男子団体に3回連続優勝。65年は男子ダブルスも制し三冠王。1964-66年3年連続中国チャンピオン。
「右ペン表ソフトラバー攻撃型。前陣で機関銃のような両ハンドスマッシュを連発するプレーは、世界卓球史上これまで類をみない。
1961年の世界選手権北京大会で初めて荘則棟氏を見た。そのすさまじいまでの両ハンドの前陣速攻もさることながら、世界選手権初出場らしからぬ堂々とした王者の風格は立派であり、思わず的ながら畏敬の念をおぼえたものだ。
1987年に日本人の敦子夫人と結婚。現在卓球を通じての日中友好と、『蘭と創』などの著書を通じて、卓球理論の確立に力を注いでいる」(渋谷五郎)
本稿は卓球レポート1992年12月号に掲載されたものです。

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