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三十六計と卓球 ~第十一計 笑里蔵刀~

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「日本の友人と世界の卓球界に『三十六計と卓球』を捧げる」 荘則棟

第十一計 笑里蔵刀 (微笑みの中に刀を隠す)

これは、表向きには友好・従順を示し、
裏には殺気が隠された計略である。

 古代戦術の例

36kei-11-01.jpg 三国時代(紀元219年)、東呉の大将呂蒙(りょもう)は関羽が魏国の樊城を攻略することを知り、そのすきに荊州を奪回しようと計画した。
 呂蒙は「使っているが使っていないふりをする」作戦を用い、自称病気のため故郷に帰り休養すると言い、無名の陸遜(りくそん)を推薦し、自分の代わりに陸口を守らせた。
 陸遜はさらに関羽の警戒心を解くため、表向きには友好を唱え、裏では軍備を整えた。
 陸遜は着任早々、関羽に手紙を書き、関羽の功労を褒め称え、晋文公や韓信と並べる有能な大将だと持ち上げ、自分は無能なであり、故にご指導のほどお願いします、と関羽の心をすぐるとともに、関羽の敵対感情と勢力を曹操に仕向けさせた。
 一方、東呉の大将呂蒙は裏で曹操と取り引きし、関羽との戦い中に曹操が背後から攻めてこないようにした。
 関羽は東呉に対し、全く警戒心を抱かなくなり、精鋭部隊を集めて奨城攻略に出発した。
 呂蒙はこのすきを狙い、戦艦を商船に扮し、大軍を率いてこっそり川を上がり、奇襲戦法で荊州を奪回したのである。


卓球における応用例

 第26田世界選手権大会の前、日本チームは、男子シングルスで2回世界チャンピオンになった荻村伊智朗選手、新鋭の星野展弥選手、三木圭一選手、渋谷五郎選手などの成績や良い試合内容ばかりを大々的にアピールし、木村興治選手一に対する報道は少なく、また、団体戦進行中においても大事な時での起用はなかった。
 したがって外国チームは"木村興治選手は日本チームの大黒柱ではない"というイメージを持たされていた。
 しかし彼は、日本と中国の団体戦決勝に出場したのである。
 結局は中国チームが日本チームを下すことになるのだが、木村興治選手は英知と勇断な技法で日本チームに単独で2 得点をもたらし、中国及び世界各国の選手に深い印象を与えた。
 木村興治選手はサウスポーでループ、ドライブに回転量が極めて多く、しかもやや左に回転して伸びがあり、他の日本選手のループドライブよりも殺傷力があった。統計によると、他の日本選手のループドライブによる得点率が50%であったのに対し、木村興治選手は64%となっている。
 第26回世界選手権大会終了後、日本チームは上海で訪問試合を行なった。木村興治選手のループドライブはここでも威力を発揮し得点を重ねた。
 その時である。日本チームの長谷川喜代太郎監督が木村興治選手にループドライブを使わないように合図したのだ。
 中国チームはその合図を見て、日本チームの遠謀深慮を悟った......。
中・日団体戦決勝で彼のみが単独で日本チームに2得点をもたらしていたし、この上海の試合でも、中国の多くの選手は木村興治選手のループドライブに手が出なかったにも拘らず、ループドライブを使わないように合図したのは、日本チームが、訪問試合を落としてでもこの鋭利な刀を隠し、次回の世界選手権大会で利器として使い、巻き返しを図ろうとしていたからだったのである。
 中国チームは総括の中、て、次回の世界選手権大会で日本チームは、伸びのあるループドライブを中国攻略の主な技術として用いてくるであろうという結論を出した。
 この結論に従って、それに対する猛練習と積極的な準備が行なわれた。
 案の定、日本チームは伸びのあるループドライブで中国攻略を図ったが、事前に準備していたお陰で、中国チームはチャンピオンの栄冠を守ることができた。
 以上は、"笑里蔵万"の戦略上の運用であるが、戦術的な応用についても又これと同じである。
 ......顔は笑っていても手からは強烈な回転のボールを出し、顔は怒っていても手からは無回転のボールを巧妙に出す。
 ゆっくりした動作の中で、突然爆発力を使う。
 ストップするかに見せかけながら突然力を発して、低い無回転のボールで攻める。
 高い球に見えるが、その中に強烈な下回転を潜ませたボールを送る......など。
 表面上は柔らかく従順に見えるが、内側には陰険な殺気が含まれたこれらすべては、"笑里蔵万(微笑みの中に刀を隠す)" という計略なのである。
 試合中、一部の選手であるが、顔が寒暖計のような選手がいる。
 リードすれば喜び、同点になると怯え、リードされると焦る。
「試合している選手の表情を見れば、得点の優劣がわかる」と人は言う。
 しかしスポーツマンには精神的素養が必要である。勝敗を顔に出さず、リードされても怯えず、泰山(中国の有名な山)が崩れようとも、顔色を変えない気概がなければならない。
"笑里蔵万"はさらに高等な、殺傷力の極めて強い計略なのである。

感想

1.口先だけの自卑(劣等感)、表面上の柔和は相手を油断させるためで、この計略の背後には往々にして、凶悪残酷な殺気が隠されている。
2.川の深さが解らない場合、安易に川の中に入るな。相手を当然の如く過小評価して、行動を起こすことは禁物である。
3.蜜のように甘い言葉、巧みなお世辞や褒め言葉に対し、冷静に対処し、お世辞の裏の意味を分析する能力を養わなければならない。
 お世辞や褒め言葉に酔うと、自分で負けを作ることになり、敵にすきを与え、殺気を施され、後悔しても遅い。
4.困難な局面に出会った時、極力自分をコントロールし、冷静に対処することは、自分を保護する一つの方法である。
 自分を厳密に保護できてこそ、名コーチ、名選手と言える。
 しかし、自分の欠点に対する批判や意見は、謙虚に聞き入れなければならない。
(翻訳=佐々木紘)
筆者紹介 荘則棟
chuan_s.jpg1940年8月25日生まれ。
1961-65年世界選手権男子シングルス、男子団体に3回連続優勝。65年は男子ダブルスも制し三冠王。1964-66年3年連続中国チャンピオン。
「右ペン表ソフトラバー攻撃型。前陣で機関銃のような両ハンドスマッシュを連発するプレーは、世界卓球史上これまで類をみない。
1961年の世界選手権北京大会で初めて荘則棟氏を見た。そのすさまじいまでの両ハンドの前陣速攻もさることながら、世界選手権初出場らしからぬ堂々とした王者の風格は立派であり、思わず敵ながら畏敬の念をおぼえたものだ。
1987年に日本人の敦子夫人と結婚。現在卓球を通じての日中友好と、『闖と創』などの著書を通じて、卓球理論の確立に力を注いでいる」(渋谷五郎)
本稿は卓球レポート1993年2月号に掲載されたものです。
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