いつかは全日本卓球の舞台で日本女子の頂点に立つことは多くの卓球ファンが疑っていなかったであろう張本美和(木下グループ)の女子シングルス初優勝が、4冠(ジュニア女子、女子シングルス、混合ダブルス、女子ダブルス優勝)という大記録を伴って実現することを予想していた者がどれだけいただろうか?
その目覚ましい成長を証明した今回の全日本卓球に、張本はどれほどの思いをかけて臨んだのか、そして、どのような思いでプレーしたのか。今回のロングインタビューでは余すことなく話を聞くことができた。
インタビュー中編(全3回)では、今大会の白眉となった女子シングルス決勝に焦点を当て話を聞いた。
(前編はこちら、後編はこちら)
早田選手は壁というより、別世界だと思っていた
--決勝は3大会連続で早田ひな選手(日本生命)との対戦でしたが、過去の2大会とは異なり、この1年は早田選手に国際大会で2勝3敗で、負けた試合も接戦でした。今回は通用するという自信はありましたか?
張本美和(以下、張本) それは感じていました。初対戦から5回くらいはとても強かったですね。
たぶん、7〜8回は連敗していると思いますが、5敗目くらいまでは「本当にどうやって勝つんだろう」と思っていて、壁というより別世界なんじゃないかと思っていました。強いだけじゃなくてうまい。こちらが考えられないことをやってくるという印象でした。
対戦を重ねて慣れてきたら負けている方が有利になるのは当然だと思いますが、対戦回数を重ねていなかったら、たぶん今も負けていると思います。対戦を重ねたからこそ、早田選手はこういう選手なんだというのが分かってきて、やっと1ゲーム、2ゲーム取れるようになりましたし、初勝利は最後の(パリ五輪の)選考会でしたが、とにかく何度も試合ができたおかげで、今こうして戦えるようになりました。
--早田選手との対戦を重ねる中で具体的につかんだものは何だったと思いますか?
張本 サービスがうまくて、フォア前が多いんですけど、ちょっとミドル寄りだったり、横下回転もちょっと弱めだったり強めだったり、横上回転のときもあるし、フォームも投げ上げて出すときもあって、いつもちょっとずつ変えてきて、きっと何か工夫して出しているんだと思います。今でも取りづらいですし、まずそこがポイントですね。
サービスを一球ずつ変えているのか分かりませんが、同じサービスに対しても、さっきできたレシーブができないとか、甘くなってしまうこともあって、常にめっちゃ集中していないといいレシーブができなくて、相手の策にはまってしまうんですね。
フォームも独特で、左利きの選手に練習相手をしていただいても、似ている選手がいないので、結局、試合の中で調整しなければいけない点も難しいですね。あとは、ラリーがすごく強いです。
それで、どの試合でそう思ったのか覚えていませんが、早田選手の試合の動画を見ていて、その相手の選手がいいレシーブをしているのを参考に、自分も次の試合でやってみました。もちろん、全部が全部できるわけではありませんでしたが、それがきっかけになって、いろいろな選手が早田選手と試合をしている動画を見るようになりました。
自分が負けた試合を見ても、「あれもできない、これもできない。そりゃ負けるよね」とネガティブな気持ちにしかならなかったので、それなりに戦えている選手の動画を見るようにしていました。
--他の選手の試合動画がきっかけで活路が開けたのですね?
張本 勝っている選手を見ていると、勝ち方に全く違うところも同じところも、どちらも見つかって、大体の選手がこれで得点できるというところは、自信を持って練習して、逆に、人によって違う戦術や技術のときは、自分ができそうなものをやるという方法で取り入れました。
早田選手もきっと課題を克服するために練習していると思うので、それを参考にしすぎないように常に意識しました。おこがましいですけど、早田選手は試合をすると毎回「ここが強くなってるな」「ここが前回よりもすごいな」と思うことが、必ず一個はあるので、動画は参考にするけれど、しすぎないことを意識しました。
最終ゲームの1本目で、いつもの自分に戻った
--今回はどういうところがうまくいったでしょうか?
張本 今回は自分の中では、今までの中ではすごく良いレシーブができました。もちろん一試合を通して全て良かったとは思いませんが、良いレシーブができる本数が多くなったので、それによってラリーを続けることができて、あまり怖くなかったです。
あとは、自分のサービスですね。サービスは自分の中では良かったなと思っていて、以前に比べていろいろな回転のサービスを出しましたが、7ゲームやるにつれて慣れられてしまうので、そういうときは変えたり変えなかったり、そういう組み立てが良かったかなと思います。
--YGサービス(逆横回転サービス)も積極的に使っていましたね。
張本 6ゲーム目のマッチポイント(10-6)ぐらいまで出していましたが、やめればよかったなっていうのがあって、10-6から4本は絶対に自分のサービスがあるので、1本取られた時に変えればよかったと今は思います。でも、(どういう場面でどういうサービスを出すか)特に決めていなくて、早田選手にはどのサービスを出しても何本か出したらすぐ慣れられて、良いレシーブをしてくるので、特にこのサービスをいつ出そうとか、大事なときに出そうとか決めていませんでした。試合をしている中で思いついたサービスを出すという感じでしたね。
--第6ゲームの10-6では気持ちに変化はありましたか?
張本 それはありました。今までにない感覚でした。マッチポイントを取るまでは「1点ずつ頑張るぞ」と思っていましたが、10点目を取った瞬間に「あれ、レシーブ何したらいいんだろう?サービス何出したらいい?サービスの後は何を待てばいい、どこに打てばいい?」と急にわからなくなってしまって、点数は自分が追い込んでるはずなのに、逆に自分が追い込まれているような気持ちでした。
10-6で1本レシーブで取られた時に、ちょっとよぎってしまったんですね。「あ、これ挽回されるパターンかもな」って。それも良くなかったなと思いますが、いつも早田選手との試合では挽回されることの方が多いので、「あ、これいつもの3対4で負けるパターンで負けた」と思ってしまいました。
--いわゆる「勝ちを意識した」状態になってしまったのでしょうか?
張本 そうです。「勝てる」と思ったら何をしていいのか分からなくなってしまったというのが、反省点でもありますが、新しい感覚でもありました。
--そこから最終ゲームは見事に切り替えられました。ベンチでどのようなアドバイスを受けて、どのように切り替えたのですか?
張本 全く覚えていません(笑)
なので、後でお父さんに聞いたら、何も言ってないらしいんですよ。ほとんど声をかけていないと言っていました。具体的なアドバイスはなかったみたいです。私も何を言ったか覚えていなかったので、何を言っていたかお父さんに聞いたら、「ほとんど何も言ってないよ」と言われて、あ、そうなんだって。もう放心状態だったんですね。6ゲーム目を取られて「もうこれは負けるパターンだから、やりたくない」とまで思っていたので、話も何も入ってこなくて、とりあえずコートに行きました。
それでコートに立つまでというか、1本目を取った時まで、何も考えずにサービスを出して、とりあえず打ったんです。結構力を出して打ったらそれが入って、不思議な感じでした。
ラブオールから攻めるぞという気持ちでは全くなくて、まだ「あ、終わったな」という気持ちでしたが、1点取った後に、「攻めるぞ!」という気持ちになりました。だから、本当にラブオールの1点目は何も考えずに打ったというか、自然に出たボールだったので、それで得点した後に覚悟を決めて「全部攻める」と思いました。
--最終ゲームの1点目で力を出したということですが、それまでは抑えていたということでしょうか?
張本 そうですね。早田選手とやるときはパワーを出しても倍返しされるので、強く打つときと弱く打つときを分けていたのですが、あの1本目でいつもの自分に戻ったというか、何も考えてなかったので、いつもの自分になったということだと思います。 1本目が決まったので、「これでいけるかも」と思いました。
--その勢いのままに第7ゲームを取って、早田選手という高い壁を乗り越えて初優勝を決めました。この瞬間はどんな気持ちでしたか?
張本 7ゲーム目ももう1回10-6が来て、2回目だったというのもあって、6ゲーム目みたいな気持ちではなく「やるぞ!」という気持ちで勝てたので、試合に勝ったというより、その6ゲーム目のミスをもう1回繰り返さなかったことにホッとしたというのが一番強くて、その次に「うれしい!」が来ました。
--他の大会や種目の優勝と違った感慨はありましたか?
張本 小さい頃から夢見ていた場所での優勝だったので、ちょっと信じられないというか。でも、勝ったということは分かっているので、この喜びとかうれしさをすごいかみしめたいという気持ちでしたね。今まで優勝したことない種目だったので、なんかちょっと不思議な感覚でした。
--その後、喜びをかみしめることはできましたか?
張本 はい。コート上で皇后杯をいただくのが夢だったんですよね。優勝は小さい頃の夢だったんですけど、小さい頃は皇后杯が何か分かりませんでした。
3年前、私がベスト16で早田選手に負けた時(全日本卓球2023)、最終日はもう木下の練習場に帰ってランニングマシンでランニングしながら早田選手と木原選手(木原美悠/トップおとめピンポンズ名古屋)の決勝を見ていたんです。すごい試合で、見入ってしまってランニングが全然きつくなかったのを覚えています(笑)
その時はまだ自分には届かない場所だと思いましたが、いつかあの場所で皇后杯を手にしたいという気持ちはすごく強くなりました。だから、今回優勝できて、あのコートを去るまでは喜びをかみしめながら立っていました。写真も撮っていただいて、これこそが私の夢見ていたシチュエーションだと思いながら、「たくさん撮ってください!」とお願いしました。
自分の中で安心できる戦術や自信を持てる技術はなくてもいいと思い始めている
--その決勝の後の記者会見で、「卓球はメンタルのスポーツだとすごく感じた」と言っていましたが、メンタルの成長をどう感じていますか?
張本 今回の全日本は決勝の第7ゲームみたいに良かった時もありましたし、第6ゲームみたいに悪かった時もありました。本当にいろいろな経験をしたからこそ、試合が終わった後に本当に卓球ってメンタルのゲームだと思いました。
メンタルをよく保つことによって、自分の実力がプラス2とか3とかアップされると気づいて、特に決勝の第7ゲームは、今までの自分じゃないというか、見たことない自分というか、今でも動画を見て「これ本当に私なのかな?」と思うくらい自分とは思えない1ゲームだったので、メンタルがしっかりしていれば、本来の自分より強くなることもありますし、メンタルが悪ければ自分らしくないプレーになってしまうこともある、そう感じた大会だったので、改めてメンタルって大事だと思いました。
--プレーの面で、「ほかの選手と張本美和はここが違う」という点はありますか?
張本 自分の強みはバックハンドというのは今も変わりませんが、この技術だったら誰にも負けないというのはなくて、特に去年はずっと「自分の中で安心できる戦術や、大事なときに自信を持ってできる技術を確立したいです」と言ってたんですけど、今は「それはなくてもいいんじゃないか」と思い始めています。
逆に、なんでもできるけど、質はすごい高いわけではないというのも、自分らしくていいかなって正直思っています。バックハンドが私より強い選手はいくらでもいますし、他に自信がある技術もないので、私はこんな感じで、どんな技術もどんな戦術もやる、練習するのでいいかなと思っています。だからこそ、試合中に良くないときはありますけど、これはこれで自分のスタイルかなと思います。
--その話と関連するかもしれませんが、ラリーの強さも張本選手の特長として上げられると思いますが、その点についてはどのように感じていますか?
張本 ラリーの前の3球目、5球目や、2球目、4球目で決めたいというのもありますが、それがあまり得意ではないです。自分の中では試合をしている中で、これはこうするぞって決めてしまうと逆に緊張してしまったり、本当にその通りのボールが来た時に「あ、チャンスだ」って思いすぎて、力が入ってミスしたり、うまくいかないことが多いので、試合中は特に予測というか、めっちゃ考えていることはあまりなくて、とりあえず3球ぐらいまで決めたら、もうあとは何も気にせず、もう来たら打つ、とにかくミスしないでつなげるというのを意識しています。
選手によっては3球目、5球目、7球目くらいまで、ここに来たらこう打つみたいに決めていて、試合をやっている中でそういうのを感じることもありますが、そういう選手をすごい尊敬していて、そうやって自分が決めたことをやれるのはすごいですし、待っているところに来るように打てるのもすごいと思っています。自分はそういうコントロールができないので、とにかくボールが戻ってきたら打つという感じです。
--その中でも一球一球来たボールをどれくらいの強さで、どこに打つということを決めないといけないですよね。
張本 それは来たボールの質によって変えます。強く来て、強く打てないときは弱めてコースを突くとか、逆に弱く来たらちょっと強く打つとか、0コンマ何秒で決めています。もしそれでミスしたら、次はこう打とうとか考えます。だいたいのことは決めていますが、そこまですごく細かくは決めていないですね。
--一球一球の瞬時の判断が需要なんですね。
張本 そうです。なので最近はすごく頭が疲れます。試合が終わった後に自分の頭をマッサージすると気持ちいいです。
これまでそういうことがあまりなかったので、今までは全然考えていなかったんだなって思います。ヘッドスパに行きたいです(笑)
(後編に続く)
↓動画はこちら
(取材=卓球レポート、文=佐藤孝弘)




