2025年6月15日、ドイツ・ブンデスリーガ2024-2025シーズンのプレーオフ決勝を最後に、ティモ・ボル(ドイツ)は華麗な卓球人生に幕を下ろした。
そのキャリアを通じて、彼は創造性あふれるプレーとフェアネスに満ちた振る舞いで、30年以上もの間、私たちを魅了し続けてきた。
では、なぜボルはこれほど長く第一線で活躍し続けることができたのか。
その答えを探るべく、卓球レポートは引退後初となるインタビューで、技術・戦術・フィジカル・メンタルといった多角的な側面から、「卓球脳」とも呼ぶべき彼の深い洞察に迫った。
第4回では、サービス、レシーブ、ラリーの各局面で、ボルがどのように得点しようと考えていたのか、その戦術を聞いた。シンプルだが奥深いボルの考えに触れてみてほしい。
同じフォームから、あらゆる回転で、あらゆるコースに出せるようにした
サービスの基本的な考えは、まずは、とにかくバリエーションを持たせることでした。ですから、たとえ得点できたとしても、通常、同じサービスを連続して使うことはしません。
私の狙いは、常に相手をサービスで惑わせることでした。相手が次に何が起こるのかを予想しにくく、卓球台全体をカバーしなければならず、さらにあらゆるドライブに備えなければならないようにすることです。それが私の狙いでした。同じフォームから、あらゆるサービスを、あらゆる回転で、あらゆるコースに出せるようにしました。
私はかなり多様なサービスを出しましたが、次の展開がどうなるか分からないという感覚は決して持ちたくはありませんでした。ですから、私にとってサービスは常にコントロールを重視するものでした。最大限の回転をかける必要はなく、相手がわずかに反応が遅れたり、レシーブが少し長くなったり浮いたりすれば十分だったのです。
ラリーを支配し、主導権を握るには、それで十分でした。
例えば、横上回転のショートサービスをストレートに出すと、物理的には相手のレシーブは80%がフォアへのフリック、10%はフォア前への短いレシーブ、10%は別の短いレシーブのはずである、と私はいつもこのように認識していました。
私は常に、相手が最も高い確率で返してくるであろう3、4通りの選択肢を想定していました。そして、それぞれのの選択肢に対して、次に自分がどうプレーするか、自分も選択肢を持って準備していました。
つまり、頭の中にチェスの一手を常に多く用意していたのです。そして、ラリーで起こり得る3~10通りほどの展開を頭の中にイメージし、それぞれの展開に対して準備を整え、その通りにプレーしました。
もちろん、相手が時には違うことをしてくるリスクもありますが、物理的な制約があるため、その可能性はごくわずかでした。相手が物理的にそのようにプレーする方が簡単だろう、という点で物理学を大いに活用していたことになります。
加えて、もちろん相手の性格やタイプを感じ取ることも学んでいく必要があります。相手はどんなタイプの人物なのか? リスクを好むタイプの場合には、相手はしばしばリスクのあるプレーをしてくることになります。
相手のメンタリティを知ることで、何が起こるかを絞り込んで予測することができます。多くのリスクを取るタイプなのか、それとも慎重なタイプなのか? それを把握することで、実際に起こり得る展開をかなり絞り込むことができます。
つまり、心理学もまた重要なのです。クリエイティブなタイプの選手なら、99本目にそれまでとまったく違うことをしてくるかもしれません。だから、あらゆる可能性を常に想定しておかなければなりません。
一方で、常にパワフルで、自分のスタイル通りのプレーをする選手もいます。そのような相手の場合、サービスを出せば99%の確率でレシーブがどう来るか分かるので、それに対してより的確に準備をすることができます。戦術もまた、大いに心理学に基づくものでした。「相手は何を考えているのか?」「相手は何を仕掛けようとしているのか?」それが分かれば、戦術を練るのはずっと簡単になります。
私には、ポイントを取るための方法は常に2つありました。
1つは、相手の予測を外して、意表を突くプレーをすることです。
もう1つは、とてもシンプルにプレーして、相手がミスしたり甘いプレーをしたりするのを辛抱強く待つことです。
ただ、相手の予測を外すといっても、無謀なリスクを冒すわけではなく、むしろクリエイティブに相手の意表をつくようにしました。あるいは、とてもシンプルに辛抱強いプレーをして、相手のミスや甘いプレーが生じるのを待ち、そのチャンスを生かすのです。
クリエイティブにプレーするか、あるいはとても辛抱強く、正確にそしてシンプルにプレーするか。この2つが私の主な戦略でした。
私は、簡単にポイントを取ろうとして奇をてらったようなサービスをしようとは思ったことは一度もありませんでした。そんな発想はそもそもなかったのです。そのためには、自分のプレーや能力に非常に大きな自信を持たなければなりませんが、多くの選手は自分自身を信じずに、簡単にポイントを取ることを望んでしまいがちです。
さまざまなサービスに対してストップレシーブのバリエーションを見つけ出してきた
私は何年もかけて、さまざまなサービスに対して良いレシーブのバリエーションを見つけ出してきました。もちろん、私が最優先していたのはストップレシーブで、中でも相手のフォア前にストップすることでした。
そうすると相手は私のバック側に返してくることが多くなり、自分がプレーしやすい展開に持ち込みやすかったのです。
バック側からの展開は多くの選手にとってやりやすいのですが、相手のサービスの種類によっては相手のフォア前に短くストップするのが難しくなります。特に左利き対右利きの対戦ではそうなりがちです。
なので、私は両ハンドであらゆるプレーができるよう習慣づけました。相手のサービスがハーフロングだと分かれば、短くストップすることも、フリックをすることもできるようにしていました。また、ハーフロングのサービスに対するドライブは私の大きな武器の1つでした。
ですが、土台となる重要なことは、やはり1つ1つのレシーブの正確性そのものです。それに加えて、繊細なタッチで短くストップすることもあれば、突然、早いタイミングで速い攻撃を仕掛けることもあり、レシーブにはそのようなバリエーションが求められるのです。
そして、今日では残念ながら多くの選手が、バックハンドのチキータでいきなり攻撃を仕掛けようとしますが、私はそうではありませんでした。私がチキータレシーブでいきなりポイントを取りにいくことは、ほとんどなかったと思います。むしろ、正確に、そしてクリエイティブにレシーブをして、その後の展開でポイントを取ることを意識していました。
というのも、あるビデオアナリストの分析によると、チキータレシーブをしてそれが返球された場合、その後のラリーでポイントを取れる確率は20%で、残り80%はポイントを取れないという統計が出てきたことがありました。
それは好ましくないことですが、それにもかかわらず、多くの選手がレシーブにチキータを選択してしまっています。もちろん、チキータでなら良いレシーブをすることは簡単に感じられるかもしれませんが、統計では別の結果が出ていますし、私も直感的にそれを感じ取っていました。
私はその統計をキャリアの終盤になって初めて知りましたが、それ以前から私にとっては、常にプレーの幅を広げてバリエーションを保つ方が感覚的にもしっくりきていました。
チキータレシーブに話を戻すと、レシーブを返球されて80%の確率で失点しないためには、チキータレシーブ自体でポイントを取ってしまう必要があります。だからこそ、多くの選手は自然と大きなリスクを冒すことになるのです。
私にとってリスクとは、常に頭を悩ませる難しい問題でした。なぜなら、それは自分の手には負えないものだと分かっていたからです。このような大きなリスクを負うプレーをするためには、常にボールに対して完璧なポジショニングが必要で、それがさらに悪循環を招きます。チキータをするには、意識も含めてフォア側に大きくポジショニングする必要があり、そうしないと良い体勢で打球できません。しかし、その結果、他のあらゆるレシーブができなくなってしまうのです。
そして、さまざまな対応ができなくなり、相手に予測されやすくなるという悪循環に陥ってしまうのです。私は、チキータしやすいサービスが自分にとって打ちやすいコースに来て、そのチキータレシーブ自体でポイントを取れる可能性が高いと感じたときにだけ、チキータレシーブを使います。
しかし、私がレシーブにおいて基本的に重視しているのは、あくまでバリエーションです。
ラリーの要はコース取り、そしてフォアハンド
ラリーでは、常に相手を動かし続けるように心掛けていました。私にとってはコース取りが常に重要でした。相手のミドルを多く狙い、そこからまた積極的に両コーナーへ振り、再びミドルを狙う。そうすれば、相手は大きく動かされることになります。
そして、私自身は常にフォアハンドを重視するように心掛けてきました。フォアハンドの方が安定していて、威力があるからです。私が思うに、今日の卓球における問題の一つは、多くの選手がコンパクトに構えて非常に安定したプレーをしている半面、あまり動かなくなりフォアハンドで回り込むことも減り、プレーが似通ってレベルが非常に拮抗(きっこう)してしまっていることです。
数少ない例外の1人が王楚欽(中国)であり、だからこそ彼は他の選手よりも少し優れているのです。もちろん彼も負けることはありますが、もっと良いプレーをするためにはもっとフォアハンドでプレーする必要があります。バックハンドは決してフォアハンドほど優位にはならないからです。それが私の持論です。
しかし、最近はそれも難しくなっています。選手たちは以前より練習量がずっと少なくなり、試合が増えており、その準備に時間を割かざるを得ません。そのため、両ハンドでコンパクトに構え、相手にプレッシャーをかけるスタイルは、ボールや用具の影響もあって、より容易になりました。バックハンドでもボールをコントロールすることはもうさほど難しいことではありません。
それでもやはり、フォアハンドの方が依然として優れた手段だと私は思います。
最終回となる次回「なぜ最後まで高いモチベーションを維持できたのか?」では、選手生活の最後まで卓球に対する情熱を失うことなく没頭し続けることができた理由、そして、卓レポ読者・視聴者たちへのメッセージを語ってもらった。
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(取材/まとめ=卓球レポート)




