世界卓球2025ドーハ。この大会で初めて個人戦に挑んだ張本美和(木下グループ)は、女子シングルス、女子ダブルス、混合ダブルスの3種目全てでメダル決定戦に進出し、女子ダブルスでは銅メダルを獲得する好成績を収めた。
だが、17歳の若きトップアスリートの胸に残ったのは、結果への手応えだけではない。世界の頂点を本気で狙う者だからこそ、見えた課題がそこにはあった。
いくつもの不安を抱えて臨んだ今大会。大舞台を駆け抜けた今、張本美和の目に映る景色はどう変わったのか。熱戦の日々と今の思いを本人の言葉で語ってもらった。
この大会を戦い抜けるのかという不安がありました
--初めての世界卓球個人戦で3種目に出場されて、どのような心構えで大会に臨みましたか?
張本美和(以下、張本) 個人戦は初めてで、3種目に出させていただけるということで、この大会を戦い抜けるのかという不安がありました。
女子ダブルスも混合ダブルスもオリンピック種目になりましたが、やはり私個人としてはシングルスで結果を残したいという気持ちが強かったのですが、だからと言って、女子ダブルス、混合ダブルスの練習を怠るのも納得できないので、バランス的には難しかったですね。
全部やりたいけど、全部が全部うまくいくわけではないという感じで、不安もありながら挑んだ大会でしたが、結果としては最低限といいますか、少なくとも全ての種目でメダル決定戦まで行けましたし、そして、女子ダブルスのメダルも獲得できたので、納得はいってはいません「まあまあ」という感じの手応えでした。
--今回は組み合わせが早く出ましたが、女子シングルスの3回戦でキム・クムヨン(北朝鮮)、準々決勝で王曼昱(中国)と当たる組み合わせにになりましたが、どのように受け止め、どのような準備をしましたか?
張本 ライブを見ていて、シード順に選手が決まっていって「ああ、(準々決勝で)王曼昱選手か」とは思いました。もちろん4シードの選手、誰になら絶対勝てるという自信はもちろんなかったし、結局誰でも同じでしたが、その中でも王曼昱選手には一度も勝利したことがないので「大舞台で勝つチャンスだ」と思った半面、やっぱり勝つイメージが一番湧かない相手でした。直近でもワールドカップで対戦していたので、「またか」という気持ちもありました。
数日後に細かいドローも出て、3回戦で当たるところにキム・クムヨン選手が入って、それを見たら王曼昱選手のことは忘れたといいますか、そこまで行けるかどうかもすごい不安でしたし、個人的にはキム・クムヨン選手もそうですけど、1回戦のペソツカ選手(ウクライナ)の方もすごく不安が大きかったです。
ペソツカ選手は初めての対戦でしたが、イメージとしては自分があまり得意とするスタイルの選手ではなかったので、1回戦ということもありますし、勝てるかどうか不安というのがすごい大きかったです。ドローを見た時には、どちらかというと王曼昱選手よりもペソツカ選手とキム・クムヨン選手の方が勝てるのか不安を感じました。どちらの選手も自分が最高のパフォーマンスで、自分が全てを出し切っても絶対に勝てるという自信があまり持てなかったので、すごく不安でした。
--1回戦のペソツカ戦を振り返ると、かなり競りましたが、切り抜けられた要因はどこありましたか?
張本 スタイル的にも何でも拾う選手だったので、最後まで打開策は見つからなくて、「こうしたら勝てる」というのはありませんでした。
もう戦術は一つ、「相手が返してきたボールを返す」、それだけでした。
途中まではいろいろな戦術を試しましたが、なんでも返してきますし、いいボールが入ったと思っても軽々と返されたり、自分がリスクを負ってしまうときもあったので、そこは最後まですごく難しい部分ではありました。
だから、とりあえず相手が返してくる準備をして、普段だったら決まるボールでも絶対決まらないという気持ちで、連続で準備する気持ちでやったので、最後は勝ち切れましたが、本当に難しかったですね。
--2回戦はワン・ユアン(ドイツ)に快勝。3回戦は順当にキム・クムヨンが勝ち上がってきました。アジア選手権大会の決勝で敗れているキム・クムヨン選手に対して、どのような準備をして臨みましたか?
張本 キム選手には前回負けていたので、日本の事前合宿をしている時も監督やコーチであるお父さんからもアドバイスがあって、毎日ツブ高ラバー対策の練習をしました。自分の気持ち的にはもう1回試合をすれば勝てそうだなという自信はありました。
いろいろな戦術のアドバイスもいただきましたが、やっぱり実際にプレーしてみて感じたのは、異質型だからといってフォア側に集めれば勝てる選手ではありませんでした。特に最終ゲームは一番良かったのですが、バック攻めで、ツブ高のボールを怖がらず、どんなボールが来ても絶対返すという感じでプレーしました。実際にフォア側を攻めても、それはそれで少しやりづらい部分がありました。それに比べたらバックの方はそんなにやりづらさはなかったので、バック対オールのつもりでやりました。
--入念な事前準備に加えて、実際にプレーしてみての肌感覚も大事だったのですね?
張本 いろいろなアドバイスをいただく前から、バック側を攻める戦術は自分の中でありました。前回アジア選手権大会で対戦した時も感じたことですが、キム・クムヨン選手のフォアのボールはすごく強烈なボールではありませんが、ブロックとドライブの間というか、返ってきたときにちょっとやりづらい感じがあったので、それだったらバックの方がやりやすいという印象でした。
でも、監督もおっしゃっていたことですが、ツブ高の質の変化もいろいろあるので「どうしよう」という思いが自分の中ではあって、本当に最後はもう自分を信じて、やってみて最後はもうバックに行くしかないと自分で決めました。
--3対1から3対3に追い付かれて、流れは悪いように見えましたが、最終ゲームで一気にスパートできた要因は何だったと思いますか?
張本 なんか本当に今でも自分自身びっくりというか実感がありませんね。3対3でベンチに座っていましたが、その時は「もうダメだ。もう限界だ、もう我慢できない」という感じだったので、最終ゲームの最初、3-0でリードした時は信じられなかったです。でも、最終ゲームは最初自分のサービスからだったので、その2本は絶対に落としちゃダメだっていう気持ちでやったらリードを広げられたので、「最後の1ゲームやるぞ!」というよりは、自信はないけど「1本1本取るぞ」という感じでやりました。
--1本1本に集中して、気がついたら点差が離れてたということですか?
張本 そうです。本当に1本1本握りしめて試合していたので、ゲーム終盤は「初めてこんなにリードできた」と思って、ちょっと気分も良かったです。

ただただ王曼昱選手に負けたという感じですね
--難敵を振り切って、次の4回戦はツォン・ジェン(シンガポール)でした。そのブロックのシードはA.ディアス(プエルトリコ)でしたが、想定外でしたか?
張本 私の予想では、このブロックは金娜英選手(韓国)が勝ち上がってくると思っていました。金娜英選手は前回の対戦で競っていて、成長している選手なので、1回戦で負けてしまったのには驚きました。
それで、私とキム・クムヨン選手との試合が始まる前に、4回戦の相手はツォン・ジェン選手に決まっていました。ツォン・ジェン選手と対戦するのは久しぶりでしたが、自信を持ってプレーすれば、競るかもしれないけど、勝てる自信はあったので、それもあってキム・クムヨン選手戦は全力を出してプレーできたというのもあったと思います。
--準々決勝はメダルを懸けて王曼昱との対戦でした。直前のワールドカップではゲームオールでしたが、今回、試合としては圧倒されたという印象を受けました。ご自身の手応えとしてはいかがでしたか?
張本 やっぱり強かったですね。特に、前回すごく競ったというのもあって、もちろんそのイメージで試合に入るわけにはいかないと思っていましたが、予想以上に王曼昱選手の戦い方が全然違っていて、サービス・レシーブが変わったというよりは全体的にスピードが速くなった感覚がありました。
もちろん前回のワールドカップとはボールも台も全然違いますし、特にワールドカップでは普段使わないようなボールだったので、もしかしたら王曼昱選手が入れづらかったのかもしれませんが、その試合に比べるとすごいスピードが速くなっていて、自分が仕掛けるチャンスがないような展開を作られてしまいました。
1ゲームに何本かいいボールが決まっても、あんまりしっくりこないというか、たまたま入ったという感じで、全体を通してつかめたものが本当になかったですね。
--そのスピードというのは球速ですか、それともテンポやピッチでしょうか?
張本 どちらかというと打球点が早くなった印象でしたね。前回は結構ストレートにも打ちやすかったのですが、今回は王曼昱選手のボールが早くて回転量も多かったので、あまりストレートにも行けませんでした。相手のミスを待つという感じでしたね
--メダル決定戦のプレッシャーや気負いはありませんでしたか?
張本 気持ちはわりと普段通りに入れたとは思います。あの試合は1台進行になっていたので、王曼昱選手はその日の午前にダブルスも1試合されていて、自分の方が体力的にもあったと思いましたが、試合をやってみるとやっぱり「強かったな」という印象でした。
会場の雰囲気にのみ込まれたということもありませんでした。ただただ王曼昱選手に負けたという感じですね。

お互い信頼し合って1本1本プレーできた
--木原美悠選手とペアを組んだ女子ダブルスは準々決勝まで全てストレート勝ちの快進撃でした。右利き同士のペアですが、このペアの強さはどこにあると思いますか?
張本 一番は、技術というよりは、ペアリングが良かったかと思います。どんな試合でも自分が少し調子が悪かったら木原選手に助けていただいたり、木原選手の調子が悪いときは、自分が安定して得点を重ねたり、助け合いといいますか、コミュニケーションをしっかり取ったり、そうした部分が一番良かったかなと思います。
何か特別な技術、戦術が良かったというよりは、お互い信頼し合って1本1本プレーできたので、そこが一番良かったですね。
--世界では右左のペアが主流ですが、右右のペアならではの強さはありますか?
張本 左利きの選手と組んでいると、レシーブでなかなかチキータに回れないことが多いんですけど、右利きの選手だとレシーブをフォアでもバックでも、どちらでも行けるので、そこは左の選手と比べたらやりやすいところだと思います。
でも、デメリットとしては、ラリーになるとちょっときついなっていうのはありますね。
--ラリーでも得点を重ねていましたが、ラリーできつく感じる部分はどのように補いましたか?
張本 右右だとバックに詰められることが多く、そこが狙われがちなので、木原選手も私もバック側の練習をすごくしましたね。
私がサービスを出して木原選手のバックにツッツキされたボールだったり、その後にもう1回私のバックに攻められた時に入り込むとか、そういう練習をほぼ毎日やりました。ダブルスの練習をするときは絶対その練習から始めていましたね。
試合でも練習したバックのボールが決まったり、私がもう1本打ったら点を取れたり、そこが本当に良かったです。相手のペアも私たちのバック側を狙ってくることが多かったので、そこは準備ができていたのが良かったと思います。
--そうした成果が見事に結実して準々決勝で韓国ペアに勝って世界卓球の個人で初めてののメダルを確定させました。その時の心境を覚えていますか?
張本 うれしかったですね。準々決勝はもっと苦戦する前提でお互いに準備をしていたので、3対0で勝てて「わぁ、もうメダルか」という感じが強かったですね。ちょっとびっくりの方が大きかったです。想定外というか、シナリオ通りではなかったかもしれないですね
--準決勝で中国ペア(王曼昱/蒯曼)に3対0で敗れてしましましたが、この点は及ばなかったというのがポイントがあったら挙げていただけますか?
張本 やっぱラリーになったときです。
1ゲーム目の5-1まではすごく良かったですね。ラリーになっても勝ってましたし、展開も良かったんですけど、自分のレシーブミスから始まって、5-2からは、お互いミスしてしまいました。木原選手の顔を見ても、お互い「どうしよう」という感じで話すことが多くて、どんな戦術を立てても3球目、5球目で決まらないとラリーになってしまって、ラリーになると振り回されてしまうので、「どうしようね」みたいな感じで最後まですんなり終わってしまいました。もうちょっと食い下がれたらよかったなっていうのはあります。
でも、銅メダルまで行けたもすごいことだなという思いもありますし、0対3で負けけてしまったからこそ、「まだまだ成長できるな」というのはより感じました。

やっぱり悔しい気持ちの方が大きい
--松島輝空選手(木下グループ)とペアを組んだ混合ダブルスの話もお聞かせください。2回戦でバン/アラポビッチ(クロアチア)戦を辛くも切り抜けて、3回戦ではアブデル アジス/マリアム・アルホダビー(エジプト)に快勝。準々決勝で連覇中の王者、王楚欽/孫穎莎(中国)に挑みました。第1ゲームを日本ペアが先行して、中国ペアも本気のガッツポーズ出すなど、熱戦になりました。会場は満員の観客が中国ペアを応援するような状況でしたが、どのような試合でしたか。
張本 王楚欽/孫穎莎ペアは、イメージよりは怖くはないですね。2人を単体で見たら、とても怖いと感じますが、松島選手のおかげもあって、やりづらさは特にありませんでした。3ゲーム目の9-9で自分が最後に2本ミスしてしまって、そこが一番悔やまれます。
孫穎莎選手は女子シングルスも優勝して、「いつも通り強いな」と感じましたが、「歯が立たないな」という感じではありませんでした。
--3種目とも準々決勝に進出し、女子ダブルスでは準決勝に進出し、メダルを獲得しました。初出場でこの結果はどのように受け止めていますか?
張本 そうですね。客観的に考えると、ベスト8まで行けたのも大満足したいところではありますが、3種目とも金メダルを目指していましたし、メダル決定戦で1勝2敗、全部中国選手に負けてしまったので、やっぱり力不足だなっていうのは感じて、とても悔しい思いです。
でも、試合に行く前、日本にいる時はすごい不安だったので、そう考えると満足という感じもありますが、結果だけを見るとやっぱり悔しい気持ちの方が大きいので、また次の世界選手権で3種目出られるかわかりませんが、出られた時には成績を1段階でも2段階でも上げられたらいいなと思います。

気持ちの面で成長できた
--今大会で見つかった課題、特に対中国というところで見つかった課題はありますか?
張本 中国選手と対戦していて一番感じるのは、同じことが通用しないことです。前の試合でも、その試合中でも、さっきまで効いていたプレーが2回目は対応されてしまいます。ですから、相手に対応された後でも、そのボールに対して自分が攻め続けるなどして、得点できるようにしたいと感じました。
あとは単純なことですが、やはり凡ミスが少ないというのはいつも感じますし、そこが本当に自分との差だと思います。自分のプレー自体の最低限が相手の選手の最低限のプレーよりは全然下だと思うので、自分の調子が良ければ勝てるということでもありません。打開策が見つからないときでもミスをしないような実力をもっともっと付けていかなければいけないです。
孫穎莎選手と王曼昱選手の決勝は「本当にすごい試合だな」と自分は感じて、「自分にはあれもこれもできない」と思いながら試合を見てたので、やっぱりまだまだ練習あるのみかなと感じます。
--今大会で自分の成長を感じた部分があったら教えてください。
張本 技術と戦術は、自分では感じませんが、気持ちの面では成長できたと思います。試合前はすごく不安で、3種目戦い抜けるか自体も不安でしたし、本当に「1回戦で負けてしまうんじゃないか」と試合前は不安でいっぱいでしたが、試合に入ってからは、1球1球考えてプレーできたので、そこは一番良かったですし、パリオリンピックでも少しそういう気持ちもあったので、そこはより成長できた部分かな、と思います。
--最後に今後の目標をお聞かせください。
張本 今はとりあえず目の前の大会の準備の繰り返しです。
もちろん次の大きな目標としてはロサンゼルスオリンピックでシングルスに出るという目標、そして、メダルを取りたいというのが一番大きな目標です。
それ以外だとやはり来年の全日本選手権大会です。自分の中ではどうしても全日本を取りたいという思いがあります。もちろん目指すのは世界なんですけど、やはり全日本のタイトルが欲しいという強い気持ちがあるので、そこで優勝できるように、いろいろな国際大会やWTTの大会でまたいろいろな課題を見つけて、成長して、まずは全日本選手権の一般の部で優勝するという2つの目標です。(了)

日本の卓球ファンの多くが、不安の中で見守っていた女子シングルス3回戦のキム・クムヨン戦は、予想通りゲームオールの接戦となった。だが、張本美和は最後の最後に、プレーする自分自身の感覚を信じ、バック攻めを貫いて大差で勝ち切った。インタビューで「気分の良さ」を率直に語ったその表情には、不安と疑念を乗り越えた末の確信のようなものがにじんでいた。
すでに大舞台でも中国選手と拮抗(きっこう)する実力を身に付けている張本に、今大会でもさらなる高みへの到達を期待していた読者も少なくないかもしれない。だが、張本自身は「満足」や「悔しさ」を口にしながらも、結果に右往左往することなく、その過程で何を感じ、何を得たかを冷静に見つめていた。
おそらくこの先も、張本が納得できるプレーを見つけることができれば、結果は自然とついてくるはずだ。そして、そのとき彼女が感じているであろう確信を少しでも味わうことができるなら、卓球ファンとしてこれ以上の望みはない。
(取材/まとめ=卓球レポート)