量産試作はゼロからレシピを作るようなものですよ

「計り知れないです。何万枚ではきかない、それこそ何十万枚の世界ですね」
バタフライ研究開発チームのマネジャーとして、『テナジー』の生みの親の一人となった久保真道(現・マーケティングチーム)は語る。それは『テナジー』の量産試作を繰り返す中で、廃棄されていったラバーの枚数だ。
2000年頃に出来上がっていた『テナジー』のプロトタイプ(試作品)。『テナジー』を1枚作ることはできたが、1枚ずつ作っていたのではコストがかかる。新製品として発売するためには、大量かつ均一な品質のラバーを製造するためのノウハウが必要になる。そのノウハウを確立するのが、量産試作と言われる段階だ。
「97年ごろから新しいスポンジの開発をスタートして、数年かけて1枚だけ作ることはできた。でも、そこからが長かったですね」
久保と同じく『テナジー』の開発メンバーだった山崎斉は言う。プロトタイプ第1号の誕生から、08年4月の発売までおよそ8年。『ブライス』の場合も、91年にプロトタイプができてから97年に発売されるまで6年近くを要したが、『テナジー』はさらに長い年月が必要だった。
「スポンジはトップシートに比べて、かなり生産コストがかかります。なるべく大きく、厚く焼いたものをスライスして、一度に大量に作りたい。でも、そうすると品質にバラつきが出やすくなり、性能がプロトタイプと同じにならないんです」(山崎)
1枚のプロトタイプができたから、材料の分量を50倍にすれば同じものが50枚できるのか。事はそう単純には運ばない。現在の『テナジー』は性能の面ではプロトタイプに近いものだが、スポンジの配合や製造条件は全く違う。
「ゼロからレシピを作るようなものですよ。でも、そこで効いてくるのがプロトタイプを作るために費やした歳月なんです。『こうすれば、こういう結果になる』という試行錯誤の蓄積があるから、量産試作のプロセスも、ある程度は短縮することができます」(山崎)


『テナジー』の量産試作に奮闘し、現在も製品の品質安定に情熱を捧ぐ土屋祐一

現在、研究開発チームのマネジャーを務める土屋祐一も、『テナジー』の量産化のノウハウを築く「量産試作」に奮闘した一人だ。
なぜ、スポンジを大量に作ろうとすると、品質が変わってしまうのか。「大量に作ろうとすると、ゴムを練る時、発泡剤などの薬品が均一に混ざりにくくなります。スポンジを焼く段階でも、大きく、厚く焼くほど熱が伝わりにくいので、内側が軟らかく、外側が硬くなりやすいんです」と土屋は言う。「焼く温度や時間、かける圧力などを変えて均一なスポンジを作れたとしても、その時々の温度や季節によってもバラつきが出ます。それを少しずつなくしていくことも必要です」(土屋)。
スポンジは、外側のいわゆる「皮」の部分はかなり硬いが、その内側はほぼ均一な軟らかさになる。しかし、焼くスポンジのサイズが大きくなると、中心部分と外側に近い部分の品質に違いが出てくる。硬度にして5度くらいのバラつきが出ることもあり、量産といえども大きく作り過ぎるわけにはいかない。「量産」と「品質の安定」。この相反する命題に取り組み、最良の製造方法を確立することが、土屋らに課せられた使命だった。