『テナジー05』にはすんなりフィットできた。本当にうれしい発見でした

欧州の皇帝、健在なり。
今年5~6月にドイツ・デュッセルドルフで行われた世界選手権個人戦で、準々決勝に進出し、ディフェンディングチャンピオンの馬龍(中国)と激闘を演じたドイツのティモ・ボル。
「ティーモ!ティーモ!」の大声援が響き渡る中、回り込んでバッククロスに打ち抜く鮮やかなシュートドライブなど、素晴らしいプレーを連発。ゲームカウント2-4で惜敗したものの、観客から惜しみない拍手が送られた。
地元の名門クラブ『ボルシア・デュッセルドルフ』の絶対的エースとして、チームに栄光の歴史をもたらしてきたボル。しかし、「1、2年くらい前から、馬龍や樊振東(中国)は、僕の手の届かないレベルに行ってしまったと、感じ始めていました」と率直な思いを口にする。
「だから、自分でも驚いているくらいです。世界選手権の準々決勝で、馬龍とほぼ同レベルで戦うことができたし、地元開催の大会で、あれだけ多くの観客の前で良いプレーができた。勝てなかったのは残念だけど、充実感を感じることができました」

ドイツの中央に位置するヘッセン州の小さな街、ヘーヒストに生まれ育ったボル。バタフライというブランドとの出合いは、まだ8歳か9歳の頃だった。出場した地元の大会の賞品がバタフライの製品だったのだ。周りの子どもたちと同じように、ボルも蝶マークのついたTシャツやタオルを手に入れようと奮闘した。早くから「天才」の呼び声が高かった、この左利きの少年は、わずか12歳でバタフライと契約を結んだ。
「ドイツでは、10代前半で卓球メーカーと契約することは、決して珍しいことではない」とボルは言う。
「たくさんお金をもらうわけじゃなくて、ラバーやラケットを支給してもらう契約ですけどね。でもその頃はバタフライの契約選手は少なかったから、とても誇らしかった。それ以来、他のメーカーの用具を使おうと思ったことは一度もありません」 当時、ヘッセン州の合同練習に参加していたボルは、州のコーチだったヘルムート・ハンプルと出会い、両ハンドで早い打球点を追求するスタイルを二人三脚で築いていく。「台から下がってフィッシュでしのいだり、ロビングを上げたりするとすごく怒られました」とボルは当時を振り返る。

前腕と手首を活用し、強い回転をかけることで打球の弧線を生み出し、ボールをコントロールする。前陣でのプレーを選択する以上、ボルの用具選びは「回転」が重要な要素になった。
まず、ラケットとの運命の出合いは12歳の頃だ。「アリレート カーボン」を使用した『ビスカリア』(日本では廃番)の試作品をテストし、非常に良いフィーリングを得た。それ以来、『ビスカリア』、自身の名を冠した『ティモボル スピリット』(日本では廃番)、そして現在使用している『ティモボル ALC』と、いずれも「アリレート カーボン」を使用した、ほぼ同じ合板構成のラケットを使い続けている。
「『アリレート カーボン』との出合いは、自分にとってとても大きな発見でした。最大の魅力は、自分の思い描いたとおりにボールが打てるという点です。逆にスイングに問題があるときはミスをしてしまうけど、とにかく思いどおりのボールが出せるところが気に入っています」(ボル)。

ひとつの用具に惚れ込み、使い込んでいくボル。それはラケットだけではなく、ラバーも同じだ。スピードグルーが使えた時代は両面に『スレイバー』、そして2008年9月にノングルー時代を迎えてからは、一貫して両面に『テナジー05』を使用している。 『テナジー05』との出合いもまた、ボルにとっては運命的なものだった。初めて使った瞬間から感触が良く、すぐに使いこなすことができたからだ。 「『テナジー05』にはすんなりフィットできました。ラバーを変えた初日に、そういう感触を得るというのは、すごく大事なことなんです。自分にとっては本当にうれしい発見で、『引退するまでこのラバーを使い続けたい』と思ったことは確かですね」
ボルが語る『テナジー05』の魅力は、第一にボールが思いどおりに弧線を描くこと。そして、スピードとスピンのバランスが良いことだ。
「『テナジー05』は自分のフィーリングをダイレクトにボールに伝えて、自由自在に技術を駆使できます。僕は良いショットを打つなら、ラバーに助けられて打つのではなく、自分の力で打ちたい。自分のストロークどおりのボールが出る『テナジー05』がベストですね」
2008年9月末に行われた男子ワールドカップは、『スレイバー』から『テナジー05』に変えて数週間後に行われた大会だった。ボルは準決勝で馬龍を破り、決勝で王皓(中国)に敗れたものの、準優勝。多くの選手が新しい用具を模索する中、『テナジー05』とともに、いち早くノングルー時代にフィットした。


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