ボールのスピードが増加するほど、回転性能の高いラバーが求められるのです

表向きには決して語られることのない、『テナジー』誕生の秘密。
固定観念にとらわれない、新しい粒形状の試作を繰り返し、スプリング スポンジとの絶妙なマッチングによって、怪物ラバーを生み出すことができた大きな理由。それは、ラバーの新しい評価システムの確立だった。従来の評価システムは、ラバーのスピード性能を中心に測定していたが、それに回転性能やグリップ力を加え、より総合的なラバー評価を可能にしたのだ。
評価システムを進化させた立役者は、京都からやって来た。『テナジー』の開発が佳境に差し掛かった2006年4月、顧問として研究開発チームの一員となった西田薫。評価システムのみならず、網羅的に粒形状をテストしていくというチャレンジそのものが、西田の発想によるところが大きい。
工学博士として長く京都大学に籍を置き、卓球経験者として京都大卓球部の監督も務めた西田。培ってきた研究のノウハウを卓球という分野に持ち込んだきっかけは、理系の学生が多い卓球部の部員たちに対し、打球後のボールの軌道を科学的に理解させることで、無茶打ちや不要なミスを減らそうとしたことにある。同時にこの時、ラバーの発展の方向性について、重要なヒントも得ていた。


現在はバタフライ研究開発チームの顧問である西田薫。『テナジー』の方向性を決める様々なアイデアをもたらした

「卓球のボールは、速度が毎秒10メートル以下であれば、重力と空気抵抗によって比較的返球しやすいのですが、毎秒15メートル以上になると、打球したボールの回転によるマグヌス効果が非常に重要な役割を果たします。つまり、打球スピードが増加するほど、回転性能の高いラバーでないとコントロールが難しいのです」(西田)
最新鋭のハイスピードカメラを導入し、機械測定によって進められた粒形状のテスト。その測定結果を分析していく上で、西田が最も重視したのは、ラバーから打ち出されたボールが持つ、衝突前後における総合的な運動エネルギー効率だ。
少し難しい話になるが、ラバーから打ち出されたボールは、スピードを生み出し、前に飛び出していく「並進運動エネルギー」と、回転を生み出す「回転運動エネルギー」、この2つの運動エネルギーが相まって運動している。並進運動エネルギーのエネルギー効率が低いとスピードが出にくいし、回転運動エネルギーのエネルギー効率が低いと回転がかかりにくい。
2つのエネルギーを別々に測定し、総合的な運動エネルギーの数値を出せば、スピードと回転の両面からラバーを評価できる。これが新しい評価システムの基本だった。
「数多くの粒形状の中から、総合的な運動エネルギー効率が高いものを採用していきました。その中で回転運動エネルギーの割合が高い粒形状が『テナジー05』、並進運動エネルギーの割合が高い粒形状が『テナジー64』として、後に製品化されていったのです」(西田)

『テナジー』シリーズの中でも、ボールが弧線を描き、回転量が多いといわれる『テナジー05』と、ボールが直線的に飛び、スピードのある『テナジー64』は、粒形状の研究開発の産物だった。「新しい評価システムによって、『テナジー』の粒形状にバリエーションが生まれ、スピード性能だけにとらわれず、回転性能にも注目しながらラバーを開発していくことができました。西田先生にはずいぶん助けていただきました」。研究開発チームのメンバーである細矢将は、当時をそう振り返る。西田の支援により、粒形状とトップシートのゴム、スポンジのゴムという三者の膨大な組み合わせ、その「迷宮」の中で、より効率的に、より正確に高性能な粒形状を選択していくことが可能になった。
200種類を超える試作が行なわれた『テナジー』の粒形状。それを構成する要素は、粒の直径、粒の高さ、そして粒と粒の間隔(ピッチ)だ。
例えば粒の高さは一定にして、粒の直径や間隔を少しずつ変えながら、ITTF(国際卓球連盟)のルールの範囲内で目いっぱいのところまで試作品を作り、数字を振っていく。粒の直径を変えたり、間隔を広くしたりしていくと、スピードや回転はどのように変化するのか。機械測定を繰り返す中で、エネルギー効率の低い多くの粒形状が脱落し、スピードや回転などの性能面で高い数値を示す粒形状を選び出していった。

コードナンバー「05」をはじめとした回転性能の高いグループ、あるいはコードナンバー「64」をはじめとしたスピード性能の高いグループなど、ピンポイントで狙った性能を出していくことができるようになった。
スピード性能に優れた「64」の粒形状は『スレイバー』や『ブライス』にやや近いが、「05」や「25」、のちに『テナジー80』として製品化されたコードナンバー「180」は完全に新規の粒形状だ。直径1.7ミリと太めの粒を、密な間隔で配置した「05」の粒形状は、従来の粒形状からみれば「異端」。粒の直径が2・65ミリと非常に太い「25」の粒形状は「特異」とさえ言えるものだった。こうして、スプリング スポンジという全く新しいスポンジにマッチした粒形状が見つけ出されたのだ。
「ゼロベースで、網羅的に作っていた粒形状の中から、従来の試験では製品化されないような『テナジー25』が生まれてきたのです」(細矢)
「25」は、当初の評価は「05」より高いくらいだったという。その特徴は、ボールを薄く捉えても回転がかかり、スイング方向にしっかりボールを飛ばせること。ともに回転性能に特化した粒形状としてピックアップされた「05」と「25」だが、『テナジー25』は特に「前陣プレー向け」という位置づけで発売されることになった。
ちなみに『テナジー05』と『テナジー25』の中間的な性能を備えたコードナンバー「09」も、評価システムによる選抜をくぐり抜け、選手の試打評価まで実施されている。他にも選手の試打評価までたどり着きながら、発売されていない粒形状は幾つかある。これらは世に出ることはなくても、研究開発の上では確かな血となり、肉となっている。