卓球発展のために、グルーイングした『ブライス』をノングルーで超えるラバーの開発

「粒の形状にナンバリングしていた段階では、それが製品名に入るとは全く思いませんでした」
バタフライ研究開発チームのスタッフである細矢将は、『テナジー』の開発当時をそう振り返る。
「05」に「25」、「64」に「80」。発売当初は奇妙なものに映った、二桁の謎めいた数字。それはさまざまな粒形状をテストしたトップシートのコードナンバーとして、実際に研究開発の現場で使われていた数字だ。今や『テナジー』というブランドを語る上で欠かせないものになっているが、製品名に入れることについては、社内でも反対の声の方が多かったという。
「例えば『テナジー スピード』や『テナジー スピン』のように、それぞれのラバーの特徴を名前に入れればいいじゃないか。そういう意見が多かったですね」(細矢)


『テナジー』で新しい粒形状に取り組んだ、バタフライ研究開発チームの細矢将

「性能を言葉で表現するのではなく、あえて数字を使いたい。そこには研究開発チームのスタッフの思い入れもありました」。そう語るのは、当時、研究開発チームのマネジャーだった久保真道(現・マーケティングチーム)。さまざまな粒形状をテストするため、製作したトップシートの金型は実に200種類以上。その中から選び抜かれたいくつかのコードナンバーは、呼び交わすうちにいつしか特別な愛着を伴って、研究開発チームのスタッフの心をとらえていた。
裏ソフトラバーは、スポンジとトップシートというふたつのゴムで構成されている。表ソフトラバーでは、トップシートの粒の部分が表面に出ているのに対し、裏ソフトラバーでは表面は平たんで、粒の部分がスポンジと接着される。
この粒の形状や配列について、バタフライは一枚ラバーが「オーソドックス(正統派)ラバー」と言われ、卓球ラバーの主流だった時代から研究を重ねてきた。そして、世界的な大ヒットラバーとなった『スレイバー』の粒形状が、裏ソフトラバーの粒形状のスタンダードになった。
一方で、世界初のハイテンション ラバーとなった『ブライス』では、粒形状の検討は行われなかった。『ブライス』に採用されたハイテンション技術は、ラバー性能を大きく向上させる一方で、品質が低下しやすく、まずはゴムの品質を高める研究が求められたからだ。
『ブライス』で品質の安定という課題をクリアできたことで、性能をより進化させた『ブライス スピード』(2007年9月発売)では粒形状の研究も行われた。数十種類の粒形状の試作品を作り、テストを繰り返したが、結局は従来の『スレイバー』や『ブライス』の粒形状とそれほど変わらないものに落ち着いた。
「粒形状に関しては、当時の評価システムでは、粒形状を変化させても性能への影響は少ないという結果でした。『あまりいじっても仕方ない』というのが正直な感想でしたね」(細矢)

それではなぜ『テナジー』の開発では、迷宮のような粒形状の世界へと足を踏み込まねばならなかったのか。
そこには、粒形状のテストがスタートした2005年当時の時代背景がある。2004年のITTF(国際卓球連盟)理事会で、日本卓球協会から出された「有害物質を含む接着剤の使用禁止」の提案を受け、ITTFは07年9月1日以降、有機溶剤などの有害物質を含む接着剤の使用を禁止することを発表した。ITTFアスリート委員会の反対により、使用禁止は08年9月1日以降へ1年間延期(日本国内では07年9月1日から施行)されたが、ノングルー時代は目前に迫りつつあった。
当時、バタフライの契約選手だったシュラガー(オーストリア・03年世界選手権優勝)や柳承敏(韓国・04年アテネ五輪金メダリスト)は、『ブライス』にスピードグルーを塗って使用していた。ノングルーでも彼らを満足させられる性能のラバーを作ることが、研究開発チームの大きなモチベーションだった。
「当時の研究開発チームには、卓球に対する危機感がありました。軽くグルーを塗ったくらいのラバー性能では、ダイナミックな卓球の魅力は半減してしまう。最高にグルーイングした『ブライス』を超えるラバーを作ることが、卓球の発展には必要だと感じたのです」(細矢)


ノングルーへの移行がアナウンスされた04年当時、バタフライの契約選手だったふたりのトップ選手、韓国の柳承敏(左写真)とオーストリアのシュラガー(右写真)

ノングルーで、最高にグルーイングした『ブライス』を超える性能。その高いハードルを越えるため、まず『ブライス』、『ブライス ハイスピード』に続く、いわゆる「第3世代」のハイテンション技術が投入された。『ブライス』から続く地道な研究によって、性能と品質のバランスを、さらに高い次元で成立させることができるようになった。量産化に試行錯誤しながらも、スプリング スポンジという革新的なスポンジの導入にも踏み切った。
しかし、それにとどまらずに「究極のハイテンション ラバー」という高みを目指すならば、もっとどん欲に可能性を追求すべきだという研究開発チーム内の気運が高まっていった。トップシートの弾性をさらに高められるように、ゴムの配合を細部にわたって調整するなど、性能と品質のバランスという難題を抱えながら妥協のない研究が続けられた。そしてついに、膨大な試験量、莫大な費用が見込まれながらも、全く新しいスポンジにマッチする粒形状の研究に取り組むことになったのだ。
当初は『テナジー』も、『ブライス スピード』で研究された数十種類の粒形状をもとにトップシートの開発を進めていく予定だったが、スプリング スポンジは従来のスポンジとは性質がかなり違うことが分かっていた。全く新しいスポンジに合わせるなら、粒形状も全く新しいものになるのかもしれない。
それならばゼロベースで、評価が低いと予想されるような、王道から大きく外れた形状でも検討していく。「これは全然ダメだ」と思うような粒形状でも試作してみる。 革新のために、常識を疑え。
ノングルーで、最高にグルーイングした『ブライス』と同等の性能。その厳しいハードルを前に、研究開発チームの研究者魂に火がついた。